シバちゃんのため息

倭の国は燕に縁がある?

久しぶりに古代史をやりましょう。古い中国史書に「倭は燕に属する」とあり、倭が燕国の属国だったと書かれています。認めない学者も多いので、軽く聞き流す程度の話なのですが、春秋戦国時代に秦から逃げた衛満が、朝鮮国を略奪し建国したのが燕の国。「楽浪は古の朝鮮国、遼東にあり。」と後漢書に書いてあるから、燕は遼東にあった。その燕を亡ぼし四郡を設置したのが漢であります。したがって、四郡が遼東を中心とした旧燕国にあったのは間違いのないことです。
さて、遼東の一役人だった公孫氏が中国本土の混乱を見て、独立国を築き上げた。時代は三国時代であります。そして、その国も燕と称した。
魏に亡ぼされた公孫氏は皆殺しに会い、景観を作った。つまり、死体を積み上げられ山となったという意味です。この後、魏に取って代わった晋が八王の乱で争っている間、遼東は鮮卑と高句麗が入り混じって大騒乱状態に陥った。遼東や遼東半島の覇権は高句麗と鮮卑の慕容氏、そして鮮卑拓跋族の北魏が交代で握る。
北魏が中華本土まで統一するころ、おおむね遼東は慕容氏のものだった。もっと言うなら、高句麗も彼等に乗っ取られていた可能性が高い。その慕容氏が建てた国が前燕や後燕という。
その地域のことを燕と称するというのも可能だが、やはり国の名前というのはそんな簡単なものではない気がする。何故、燕と称したのかはまったく不明だが、そこに大きな謎がありそうだ。
もっと時代が下って、唐の玄宗の時代、ソグド人の安禄山が反乱を起こし、唐はウイグルに応援してもらいなんとか反乱を防いだ。しかし、一時的にもソグド人安禄山は大燕国と称したのである。
この安氏は何度も書いてきたが、ソグド人の故郷プハラ出身者が与えられる姓で、高句麗の安氏、即ち好太王の姓でもある。この安氏は慕容氏が高句麗から略奪した高句麗王妃を娶り、生んだ子供が好太王である。
話は急に飛ぶが、今日の一番言いたい事は、淵蓋蘇文のことである。高句麗の将軍でありながら高句麗王を殺害し、さらに傀儡の王を立てることが出来た正当性はどこに求めればいいのだろう。クーデターでありながら、高句麗のほかの武将は何をしていたのだろう。丸く収まってしまい、なおかつ唐との戦争には一致団結して見事な勝利を上げている。私はこの淵を燕の字で置き換えることでひとつの答えが出るのではないかと思う。彼が燕という国の正統な血流者だったとしたら高句麗王を殺す権威を持っていたのかもしれない。
出自のはっきりしない淵蓋蘇文であるが、読みは「えん」であり、字は当て字に過ぎない。
単なる仮説ですが、今後の課題として提示したい。
ものすごくマニアックな話でごめんなさい。こんなことばかり考えているのですよ。
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by sibanokuni | 2009-03-27 09:38 | マヨちゃんの古代史
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