シバちゃんのため息

学生時代

昨日サムライさんとの会話で昔のことを思い出してしまった。
大学に入ったのはちょうど1970年であります。たまたま名古屋で地方試験があったので受け合格した。現地へ行き、大学が万博会場に近く、とても環境がよさそうなので特に考えもなくそこにはいることにした。今でも後悔はしていないが、あまりの安易さに多少恥ずかしい思いはある。

当時は大学紛争真っ盛りで、学校へ入ろうとしてもバリケードがあったり、ヘルメット軍団ににらまれたり、大変に怖かった覚えがある。
私はノンポリでヘルメットなどをかぶったことはないが、当時の学生はおおむね国家権力に反感をもっており、どこかで彼等にエールを送っていた気がする。ただ、私が入部した研究サークル(聞いて驚くな、労働管理研究サークルというのだ。)が学園祭に参加する折、どうしても全共闘グループと団交(団体交渉)する必要があった。
私も新入生ながらその団交の席に着いた。彼等はヘルメットで武装し、顔はマスクで覆い、こちらは10人、あちらは6人ぐらいだった覚えがある。よく彼等のいう事が理解できなかったのだが、「自分たちのやっていることが民主化の妨げになっていることを自己批判し、その反省を書面にて提出するなら学園祭をやっても良い。」ってなことであった。私たち工学部はそれを聞いて大喜びで、「なんだ、自己批判書を書けばやってもいいんだ。」と勝手に理解し、自己批判書を壁に貼って工学際を開催することにした。
ところが文科系の学園祭は体育会系の学生が中心で、彼等はいっさい妥協せず、あくまで自己批判なしで強行開催をすることにした。
開催当日、先がとがっててとても長い竹やりを持ったヘルメット軍団が約百名、学園祭会場へなだれ込み、5分もかからず粉砕していった。我々は何の妨害も受けないまま無事に開催した。当時体育会もなかなか強く、彼等も結構怖かった。
我々としては実際のところ何も反省したつもりもなく、ただ、自己批判と書いただけで中身は何もなかったのだ。どっちでもいいけどメンツというのは馬鹿みたい、と思った。僕はおでん屋を経営して大儲け!やった!

安保の改正が済み、学生運動はそれ以後しらけてしまい、ご承知の浅間山荘事件ですべては終わった。

今でも自分たちが、そして彼等が何をしようとしたのか、そして何を求めたのか、今でも説明は出来ない。
ただ、安保改正の当日、なんとなくデモに誘われ、大阪の御堂筋をデモ行進した。今から思っても恐ろしい人数であった。手をつなぎ道いっぱいに広がる、いわゆるフランスデモというやつだ。
そのとても多くの人間の意見をひとつも聞くことなく淡々と安保条約が継続されたことを知った時、私たちは国家と言うものが国民とは別の組織であることを痛いほど思い知らされたのである。

サムライさんが、私たちの下の世代が従順すぎると嘆くのは私も同感である。私たちほど理屈っぽくて熱い年代はないだろう。でも、今となってはそれも誰かに扇動され、操られていたのだと知った時、私やサムライさんはますます国家と言うものに向き合っていることに気付くのであります。なむあみだぶ・・・・・・
生かしてくれてありがとう。
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by sibanokuni | 2009-05-27 09:57 | シバちゃんのため息
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ため息ばかりのシバちゃんと、ぼやいてばかりのご主人様、マヨの日記です。
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