シバちゃんのため息

廃仏毀釈と神仏習合

昨日から、廃仏毀釈の研究を始めた。まだ、発表する段階ではないが、どの記事を見ても真実が語られているようには思えない。すべてを疑ってかかるべきだ。

なぜ廃仏毀釈が大政奉還とほぼ同じく行なわれ、堰を切ったように各地で仏閣が破壊されたのか。特に薩摩地方や、有名な滋賀県の日吉神社、そして興福寺、隠岐、佐渡・・・・などなど。
そして、解説を読むと浄土真宗、本願寺派が努力したおかげでその運動が下火になったとある。
ある人によれば、秀吉の朝鮮征伐、天智天皇の白村江に匹敵するほどの失敗であったという。

明治維新が廃仏毀釈で始まり、そしてすぐにそれは中止された。なぜ、それがおきたのかは、徳川時代、どうして神仏が習合されたのかまで遡らない事にはまったく原因が見えてこない。その深淵を探ると、やはり天海が光秀だったかどうかが関わってくるようだ。現代の闇の支配者を探ろうと思うと、なんと戦国時代までさかのぼることになる。さらに、光秀と丹波地方の関わりを考えると、これまた海部一族のアヤタチもつながってくる恐れがある。そうなるとそれは古代史まで紐解かなければならない。歴史というのはこのようなものだ。

やはり日本の国を考える時、古代の歴史を正しく教えていないからこのようにややこしい事態になるのだ。
一番最初に知るべきなのは、日本が誕生した時以来、寺社が日本を支配したという事で、それに対し旧支配者である伊勢神宮などの神社勢力と、それらに利用される天皇家の三つ巴の戦いが繰り広げられたという事なのだ。

つまり、徳川時代と言うのは武家政権のように見えるが、実は家光以降、実質的に寺社による支配体制であったのだ。それに対し神社勢力は寺社に対する反抗のエネルギーを溜め込んでいた。
神仏習合と言うのは寺社による神社管理・人民支配そのものだったのである。

明治維新は英国とフランスのフリーメーソン等が仕組んだ日本転覆の陰謀だったのだろう、その陰謀にまんまと利用されたのが被差別部落の人間で、彼等は廃仏毀釈を実現するため、革命に命を掛けたものと思われる。薩摩、長州等の下級武士達は明治維新が終わった後、理想を実現するつもりだった。ところが新政府はそうではなかった。すぐに廃仏令は取り消され、自分たちの考えたことは国家神道に摩り替えられ、気が付くと寺社勢力は温存されてしまった。だからこそ西南の役、萩の乱、佐賀の乱が起きた。
そのような歴史観を持たないことには明治維新はわからないのではないだろうか。

今を読み解くにはわかるところまで歴史をさかのぼる必要がある。例によって知らないことだらけの世界をのぞいて見なければならない。とりあえず、廃仏毀釈をじっくりと調べることにします。今日はちょっと時間がないので、このあたりまでで・・・・。

サムライさんが指摘された本日の飯山さんのブログ記事、うーん、さすがに読みが鋭い。橋下?たかが、知事のくせに偉そうに・・・。自民党もあんなやつに擦り寄るなよ。
あー、いやだ、あの橋下弁護士、あの顔を見てるだけで胸くそが悪い。おまけに東知事、なにか最初と違って顔が貧相になってきた。やはり権力を持つと人間性も変わるようだ。もう見たくもない。
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by sibanokuni | 2009-06-27 10:36 | マヨちゃんの陰謀論
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