シバちゃんのため息

アルタイからやってきた山師達

きのうは一日海野庄という信州上田にあった藤原氏の荘園を調べていた。なかなかややこしく、またどうしてもWIKIをたどることになるので、信憑性を疑いながらの調査とならざるを得ない。
まず、なぜ海野かといえば、栗原氏がいうところの、「真田がなぜ海野を引き継ぐ事になるのか」の理由が知りたいからで、栗原氏は上田鬼三郎が綾部の出口家に養子に入った理由と同じであると言う。つまり、出口が大江山霊媒衆の正統な血流にあると言う意味だろうが、綾部という地域的な必然性も考えねばならない。そこ、綾部は伊吹山と同じく、鉱物資源に恵まれている地域なのだそうだ。また、高山植物や薬草などにも適した土質、気候にも恵まれていたようである。昨日からまゆみさん家でも盛んに論議されているが、金、銀なども当然チェックしておかねばならない。

私が今何を追求しているかと言えば、明治維新でどうして修験道が禁止されたのかである。調べると、あまりにも神仏が習合されているので分離できないため禁止した、などというおよそ理屈にならないような理由が書かれている。これは絶対にうそである。私の想像ではひとつには日本が成立する前には道教が広く普及していて、明治政府が神道を国家の宗教とするにあたり、道教の存在を隠蔽したかったということ。そして、山伏という存在、つまり修験道ネットワークが明治政府にとって非常に危うい存在になりそうだということ。さらには、彼等山伏の信仰の対象である修験道場がすべて鉱物資源の豊富なお宝地区にあったから、などと考えたのである。まだ結論が出ていないが、少なくとも明治政府にとって、山伏は反政府勢力として認識されていたように考える。

昨日の研究成果はここに発表するほどのものはなかった、しかし、清和源氏という源氏の由来がどうもうそっぽく、実際は先日も述べたように、オオサザキという古代王権の正統な血流が時の政権、藤原氏と結びつき、大量の源氏の女性に天皇家の種が植え付けられ、そのお種を持つ源氏が全国へ散って行ったというのが実体だったのではないか。その中に滋野家という家系があり、清和天皇のころ天皇家のお種をもらい、信州海野庄の藤原荘園に赴任し、そこで勢力をのばしたようだ。ただ、戦国時代の動乱で家系が途絶えそうになったため、源氏のお種を受け継ぐため大江山から真田氏が派遣されたのだろう。

山伏達の役割はまだまだこれから調べなければならないが、キーワードは道教であり、源氏であり、鉱山技術者だったのではないかと言うのが今の時点での結論である。

以前から、日本はトンネルを掘らなければ発狂しそうだという人たちがいっぱいいると述べてきた。日本のトンネル技術はサイパン島の攻防やフィリピンの埋蔵金を見てわかるように世界一なのである。
彼等こそアルタイ(金山と言う意味)から日本へ金鉱を求めてやってきた山師に違いない。彼等が秘蔵している道教の経典は実は金の精錬法を述べた錬金術である。

さて、当分源氏の研究を続けるが、その次は平家を調べなければなるまい。清和源氏にたいし桓武平氏と言われる。当たり前だが、そんな由来は信じられない。源氏と同様、平家も日本を支配していた王朝の血流だったと考えている。さあ、問題はそれが発見できるかである。
[PR]
by sibanokuni | 2009-09-07 06:29 | マヨちゃんの古代史
<< ちょっと休憩。 ウガヤ街道、シルクロード >>



ため息ばかりのシバちゃんと、ぼやいてばかりのご主人様、マヨの日記です。
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30
以前の記事
フォロー中のブログ
その他、お知らせ。
捏造の日本歴史研究所へどうぞ・・・・http://mayonokuni
.web.fc2.com/
*******
メールでのご連絡は
palio@beach.ocn.ne.jp
へお願いします。
カテゴリ
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧