シバちゃんのため息

忍者とサンカ

今朝メールをチェックしたらまゆみさんから戸隠忍者に関する情報が送られていた。私信なので、とりあえず公開はしませんが、天海を調べていた時にお知らせしたダビデの星の交点にある戸隠神社はやはりかなり重要なポイントだと言う事がはっきりしてきた。
私はそばが大好きなことはご承知の通りだが、そばと言うのは、米も小麦も取れない貧農な地域でも栽培が可能で、年に二回も収穫できる奇跡のような穀物で、信州や越前ではそば粉100%の技術があるのは、それだけ小麦粉すら取れない厳しい環境だったと言う事です。
農民がどうしてそんな米や小麦が取れない地域に住んだのかと言うのは愚問で、平家の落人ではないが、その地域に押し込まれたということだろう。
これは想像だが、そばぐらいしか収穫できない貧農地域で、そこらじゅうに忍者が身を隠し、近寄るもの達を防ぐ、これは一体なんだろうと考えると、一つは金鉱でもあったのではないか、と、もうひとつは大麻の栽培だったと考えられるのである。
あるいは麻薬かもしれない。忍者はアヘンの特性、つまり、不老長寿の万能薬として、あるいは敵を自白させる自白剤として、さらに敵を堕落させる媚薬として利用していたと言う。
全国の情報を探るため、山伏、画家、詩人、歌舞伎、相撲、猿楽、能、商人・・・それらは各地を自由に歩き回り、各地の動向、あるいは金山の探索、鉄産地の発見をするためご主人様の指令で動いていたのである。
これらはサンカとの区別がつきにくいが、本当に山に追い込まれ逃げ回っていた放浪の民も含め、すべてをサンカと表現したものであろう。しかし、それらはまったく区別して考えなければならないのは言うまでもない。
いわゆるロマンとしてのサンカはいたとは思うが、それは明治の警察がでっち上げた世界で、我々の言うサンカは全国ネットの諜報組織である。

秀吉が金属師であり、家康が願人だったことは以前考察した。つまり、彼等はいわば雇われで、影のご主人様がいた可能性は十分にある。秀吉が死に、豊臣の血流が絶えた様に歴史は伝えられるが、現実には落合莞爾氏が吉薗日記の解析で、「その男、つまりX氏は秀吉からまっすぐ一本の血筋である。」と書いていて、推測だが、笹*良*と思われる。つまり、秀吉の血流が途絶えていないのだ。歴史書には本当の事は書いてないのである。蛇足だが、秀吉が百姓のせがれで、奇跡の出世を遂げたと言うのは単に小説であり、現実に関白までなった以上、それなりの身分があったと考えるのは合理的である。
さて、そのX氏をさかのぼると世界紅卍、大本、頭山へ行き着き、それは堀川辰吉郎に収斂し、大江山霊媒衆から藤原北家、さらに遡ると佐々木源氏、つまり仁徳天皇、その源流は満州を支配した北魏へ、さらにその起源を求めるならモンゴルから最後は新疆ウイグル、シベリア南部クラスノヤルスクのアルタイへたどり着くのである。
ただし、現在その藤原北家が日本の主流なのかと言えば、そうではない。日本の中にはいくつかの支配者がいる。しかも皇室の中で今も派閥争いをしているはずである。秀吉はおそらく本願寺と結びつき、家康は天台宗と結びついた。しかし、徳川家は綱吉のころ政変がおき、支配者が交代している。これはまた別の機会にしよう、というか、あまり詳しく調べていないからだが、何よりも藤原四家のなかで、北家以外がなかなか顔を出さないのだ。
以前、読者さんから三条家を調べろと言われ、そこそこ調べたが、北家である。明治維新では相当に重要な役割を果たしたものの最終的に失脚している。明治時代も途中で大きな政変があったのだ。
藤原の中の式家を調べなければならない。今日はここまで。
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by sibanokuni | 2009-09-13 06:40 | マヨちゃんの古代史
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ため息ばかりのシバちゃんと、ぼやいてばかりのご主人様、マヨの日記です。
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