シバちゃんのため息

「おはつせ」が姨捨?

昨日金沢のmatsuさんからメールをいただいた。彼女は白州正子さんのファンで、私は彼女から「十一面観音巡礼」という本をいただいていた。一応全部読んだつもりだったが、そういえば、と思い、信州上田のところを読み返してみた。やはり文章は上手だな・・・、私が訪ねた別所温泉も北向き観音も書いてあった。なに読んだんだろうね・・・まったく。
そこに、上山田温泉の智識寺にある観音様を見に行く下りがある。「この観音は、もと女沢川の上流に祀ってあった聞くが、背後の神体山と、何らかのつながりがあるに違いない。」とあり、彼女は「地図を開いて見ると、「冠着山」(かぶりきやま)とあり、括弧して「姨捨山」(おばすてやま)と書いてある。・・・地名辞典を引くとオバステは小泊瀬(おはつせ)の転訛で・・・・」とある。・・・・ん?「おはつせ」?どっかで聞いたような・・・。
第21代、雄略天皇 (おおはつせわかたけるのみこと)、を思い出した。
「埼玉県行田市の稲荷山古墳出土の金錯銘鉄剣銘を、「獲加多支鹵大王」と解しその証とする説が有力である。この説に則れば考古学的に実在が実証される最古の天皇である。」とwikiにある。
さらには、25代、武烈天皇(をはつせのわかさざきのみこと)が気になる。少なくともこの二代の天皇は同じ血流である事は確実である。
「をはつせ」に、佐々木源氏の「さざき」を含む武烈は長谷川家と佐々木家の婚姻の結果だろうか。また、タケルとあればヤマトタケルも関連が出てきそうである。

以前なら信州に天皇がいたとは考えもしないが、善光寺に百済王の善光がいたかもしれないとするなら、信州上田に王朝があったとしてもそれほど驚くほどのことはあるまい。
もちろん、信州に王朝があるなどとは思いつきに過ぎないが、栗原氏が謎掛けした「真田が上田に行かなければならないとする理由」がそれだとすれば、それは大変な話ではある。

という事は、綾部にも佐々木家からの婚姻家系が存在するのかな?
本当は水銀にまつわる情報を頂いたのだが、ひょんなことでまったく違う発見ができた。大変に幸せ、matsuさん、ありがとね。
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by sibanokuni | 2009-09-14 06:08 | マヨちゃんの古代史
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