シバちゃんのため息

サンカの親分

サンカというものへの考え方が以前とはずいぶん変わってしまった。言うまでもなく落合莞爾さんの記事を読んでからだが、それでも落合さんの説明でもいまいち疑問があった。
それが、栗原茂氏や中矢伸一氏の本を読んで行くうちに、ちょっと違うのではないかと気づいた。八切氏などの従来の民族学的歴史学では、サンカとは基本的に支配者にまつろわぬ者達で、山の中へ逃げ放浪する部族の総称であった。とくに、明治時代以降、警察の検挙率を上げるためサンカを山から捕まえて来て濡れ衣を着せることで犯罪者の集団のように見せた、というものなどである。結論として彼らの描いたサンカは目くらましで、真実を隠すための策謀であった。
確かにそのように山で生き、戸籍にも乗らない人たちがたくさんいたのは確かだろう、今でもホームレスはいるのだから、しかし、本当のサンカは実は職能集団で、それぞれ親方がいて、その親方を束ねる支配者はべつにいたのだ。つまり、石工部族、金堀り部族、猿楽部族、きこり、炭焼き、木地師、ささら・・・などがサンカそのものだったのである。
それらの親方に指令を出していたのが空海であり、行基であり、役行者などだったと考えるのだ。
そもそも、彼らサンカは親方に率いられ満州や半島を経て日本へやってきて全国へ散り、草となり全国を移動したり定住しながら指令を待つことになった。
結局のところ、藤原不比等という四部族の合成家系がその頂点にあり、その四家がそれぞれの全国ネットを築いたのである。大江山霊媒衆というのは近江に渡来した佐々木源氏部族で、その主家が藤原北家となったため、それ以来影となって北家を支え続けてきたのだ。そしてその配下には全国の渡来職能集団がいて、それらがサンカだったのである。
最近調べていた事がたまたま藤原北家だっただけで、残った三家にそのような諜報組織がなかったと考えることは出来ない、見えていないだけでおそらくそれぞれが独自の組織を持っていたはずである。

指令系統として佐々木源氏は北家当主がトップであり、大江山に命令がくだり、各地の職能集団、つまりサンカの親方へ指令がゆくのである。つまり、落合氏が言う上田穴太衆はサンカであり、大江衆はそのご主人にあたる、つまり格が違うことになる。そのあたりに多少ニュアンスの違いが感じられ、あるいは、落合氏も本当の事が書けないのかとも思うのである。栗原氏は出口家とは家系ではなく会社のようなものだと言っている、つまり出口家は大江衆そのものだったのである。

秀吉も家康もサンカの親分であった。しかし、彼等のご主人様は異なっていたはずである。サンカの親分は自分のご主人様の命令だけしかなく、他人のご主人様の事までわからないのだ。
秀吉も家康も同じ匂いを感じつつ、戦うなというご主人様の命令を守ったのである。歴史上、秀吉や家康が天下を取ったように描かれるが冷静に判断すると、彼らもご主人様のご命令に怯えつつ天下を収めさせてもらったというのが現実だったのではないか。家康はそのご主人様に怯えた結果、江戸の警備を固め、京都公家衆を監視し、大江山に対抗するため柳生を雇い、伊賀・甲賀忍者をお庭番と称し全国へ派遣したのである。

歴史上、天皇家も藤原家も江戸時代はひどく貧乏だった様に描かれるが、歴史書というのが権力者が書くものであるという事を知った上で読まなければならないことは言うまでもない。明治・大正・昭和となっても、真実が書かれることはないのだから。
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by sibanokuni | 2009-09-22 21:30 | マヨちゃんの陰謀論
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