シバちゃんのため息

産学協同でいいの?

女房の同級生に某大学の教授がいる。若いのに教授であるから、なかなか優秀な人なのだ。私はお会いした事がある。専門はなんと、「インド哲学」である。国立大学が独立行政法人になった結果、この種の学問にはなかなか予算がつかないそうである。とにかく企業が欲しがっている技術、あるいはノーベル賞が取れるような研究には優先的に予算がついてくるのだが。あのカミオカンデがどんな役に立つのかは私には理解できないが・・・・。もっと言うなら、地球の起源がわかるより、邪馬台国がどこにあったかが先だとおもうのだが・・・。まあ、いっか。
はて、インド哲学ね・・・、私は彼に質問しました。「それって、どんな学問なんですか?」、「そうですね、何の役にも立たないけど、ずいぶんたった後、ああ、そうだったか、と思い出すような学問です。」と。
金、金の世の中で、世界一位のためには、この予算を削ると絶対に後で後悔しますよ、と脅迫するような学問とはえらい違いである。まず、事業仕分けでは廃止の宣告を受けるに違いない。

学問の中には、全く役に立ちそうにもないものから、今すぐにでも実用化できそうなものまである。すぐに金になりそうな研究には企業も援助を惜しまない。「将来の人間の幸せを考えています。」なんて学問には誰も金を出さないだろう。でも、役に立ちそうにもない学問に一生を捧げている人たちも多い事を忘れてはいけない。

誰にも理解できないような研究をすることも、とても大切な事ではないか?

私が大学へ入った頃、大学紛争の争点のひとつに「産学協同」という言葉があった。企業が金を出し、研究室はその金ほしさに企業に代わって研究をしていたのだ。これが学生にしてみれば大学の自治の問題、学問の独立問題になるのである。いわゆるひも付きを糾弾したのである。ところが小泉時代、国立大学を独立行政法人に変更し、大学は独立採算になったのである。これがどれほど学問の堕落につながるのか分かるであろう。教授は研究費ほしさに企業周りを重ね、企業の喜ぶ研究に勤しむようになったのである。物理学者が企業の下請けになるのである。
かくして、インド哲学はともかくとして、文科系の研究は衰退する事になる。しかたがない。企業は明日の幸せより、今日の利益を望むのだから。教授は税金で研究し、学生は自腹で研究を手伝い、利益は企業へ入るということになる。なるほどこれが本音だな。

教育関連の予算を行政刷新会議のまな板に乗せてはいけないというのはわかる。しかし、その前に「産学協同」でいいのかという議論をして欲しいと思うのだ。スーパーコンピューターの研究が成功しても最終的にそれは企業に利益をもたらすもので、大学が企業の利益の下請け機関でいいのかという話なのである。
まあ、そう言いながらも女房の知り合いの学者に予算がつくといいなあと思ったのですが・・・・・。
大学は金を浪費し、明日の研究をするのであり、利益を追求する場所じゃないのだ。自分の研究はほかのものと違って絶対に必要なのだ?別に僕には必要じゃないよ。
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by sibanokuni | 2009-12-01 06:00 | シバちゃんのため息
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