シバちゃんのため息

瑞穂の国は?

古代史研究家を自称する割りに最近全然古代史の話をしていない。つまり、研究が止っているということだ。何かヒントがあれば一気に進む事もあるが、今のところほとんど刺激的な話が出てこないのだ。
以前、雄略天皇と武列天皇のヒントがあり、すわ!と思ったのだが、

「埼玉県行田市の稲荷山古墳出土の金錯銘鉄剣銘を、「獲加多支鹵大王」と解しその証とする説が有力である。この説に則れば考古学的に実在が実証される最古の天皇である。」とwikiにある。

と書き、信州上田に雄略天皇がいた可能性と武烈が埼玉にいたのではと指摘した。ところがある読者が、その剣の刻印は偽造がミエミエで信頼できないと書き込みがあった。その真偽が確認できないまま、そこで研究がストップしたのである。

仮に偽造であればその剣の存在を前提に論議を進めることは時間の浪費である。ただ、この種の情報はつき物で、どんな出土品にもついて回ることなのである。
仕方がないので、埼玉を中心にネットで探したものの、なにやら森の中に入ってしまった。

そういえば、かつて韓国語で万葉集を読むという本から雄略天皇の歌を取り上げた事があったっけ。それを引っ張り出して、「マヨのぼやきの記事」から引用してみましょう・・・・

今日はその中でも有名な、雄略天皇の詩を紹介しよう。天皇が道で見かけた娘をナンパすると言う、原宿で天皇がヤンキー娘に求愛した詩である。

原詩 「籠毛与 美籠母乳 布久思毛与 美夫君志持 此岳尓 菜採須児 家吉閑名 名告紗根 虚見津 山跡乃国者 押奈戸手 吾許曾居 師吉名倍手 吾己曾座 我許背歯 告目 家呼毛名雄母」(万葉集巻の1)

従来からの万葉学者の解釈を見てみよう。

読み下し、「籠もよ み籠持ち ふくしもよ みぶくし持ち この岡に 菜摘ます児 家聞かな 名告らさね そらみつ 大和の国は おしなべて 我こそ居れ しきなべて 我こそいませ 我こそば 告らめ 家をも名をも」

万葉集の最初を飾るにふさわしいかどうかの疑問を持たざるを得ない解釈が従来からされている。

大意は、「籠も 良い籠を持ち ふくしも 良いふくしを持ち この岡で 菜をおつみの娘さんよ 家を教えてくれ 名を名乗ってくれ そらみつ この大和の国は ことごとく 私がすべている国だ すみずみまで 私が治めている国だ。」

「逆説の日本史」で有名な井沢氏の本で私はこの解釈を読み、当時の日本では、名を名乗る事は結婚すると言う意味だと聞いた覚えがある。天皇が道端にいる娘をナンパすると言うのはなんとも牧歌的で、ある意味平和な世の中だったように思ったものだ。

さて、問題は李寧熙(い よんひ)さんが韓国語で読むとどうなるかを書くが、細かい事はきりがないので、結果だけをお伝えする。

「狛(こま)よ み狛たちよ 復旧島よ 弥復旧島の者たちよ この岡に 吾並び立ち ここに 国を作らむ 斯盧 弥鄒(さろ みつ) 大和の国は 押しおきてあり 統治者は吾ひとりなり 鎮めねかし 吾自ら座る 吾急ぎ来て 告む ここに来て いで来たのだ、と」

これをもうすこしわかりやすく説明しよう。

「コマよ、瑞穂の国へ来ている こま族たちよ この国へ来て私がかつての王達に並び立つぞ 新羅の人が来ている瑞穂の国 大和を 私が征服したのだ。私が大王になったことをここに宣言する。」

雄略天皇がこま族のいる地域を征服し大王になったことを宣言した詩である。まさに、万葉集の巻頭を飾るにふさわしい内容ではないか。もちろん大和の国だから奈良と決め付けてはならない。もちろん、九州なのかも知れないし、韓半島の新羅の国を支配した時かもしれない。はっきりしているのは、万葉集を日本にもたらした部族がここからスタートしたという事で、瑞穂の国と呼ばれ、新羅が支配していた地域のようだ。時代的にはおそらく550年ごろと思われる。

去年の今ごろはこんな事を研究していたのだな・・・・、万葉集はこの歌から始まっているということは、平安時代に編集された時、編者はここから日本が始まったと考えたといえる。
つまり、瑞穂の国は信州上田で、そこには新羅人がいて、高麗(こま)の自分がそれを征服したのだということである。
信州諏訪に物部守屋がいたことはある程度信憑性があり、善光寺には百済王がいて、埼玉には雄略の子孫、武烈がいた。すなわち、鹿島神宮と香取神宮が相対して建っているように、蘇我氏が鹿島から信州へ進出し物部氏を亡ぼし、その後、香取神宮の中臣氏が鹿島を抑える図式が見えてくる。

鹿島は鹿で、鹿はスキタイを現している。スキタイは「サカ」と呼ばれ蘇我氏ではないかというのが栗本氏の考察だった。鹿島の蘇我氏がたい大王となり、奈良へ攻め込み敗れた。奈良の豪族は蘇我氏を馬鹿にするため、奈良の興福寺に鹿を放ち、それを蹴っ飛ばしながら楽しんだのではないかな。

とりあえず、妄想がたくましくして古代史の研究を再開しましょう。



とりあえず、行き詰まりを打開するためには、このぐらい大胆な仮説を立てないと話が進まないのだろうかな。
もう一度この界隈から研究を再開しようと思う。どうなるかな?
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by sibanokuni | 2009-12-03 06:14 | マヨちゃんの古代史
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ため息ばかりのシバちゃんと、ぼやいてばかりのご主人様、マヨの日記です。
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