シバちゃんのため息

加治木さんはどうなのよ

加治木氏の著書で手に入れた4冊、「wajin」、「kofun」、「jinmu」、「taika」を一応全部読み終わった。
で、どうなのよ?・・・。
ある意味非常に感銘を受けた。正直言って「おみそれいたしました」である。いままで私が解明できないことをとてもたくさん解明しているし、知りたかったことのいくつかを教えてもらった。ただし、これを全部認めることは私にとっても大変な苦痛を伴う事でもある。しかし、一旦は全部受け入れないことには彼の主張を理解できないであろう。
そこで私は重大な決意を持って、もう一度順序正しく読み直すことを決意した。鳩山首相ではないが、「白紙に戻してゼロベースで考えてみる」ことにするのである。
全部彼の主張を受け入れ、それで新しい歴史像を築き、その上でマヨ理論とすり合わせるのである。今のように彼と対決しながら読むのは大変に疲れるのだ。白紙で受け入れることがもっとも正しく理解する事になるであろう。その後で見直せばいいのではないか。

彼の主張で大きく問題となるのは東日本に侵入した満州族の扱いと、スキタイ族を彼はインドからやってきた「シャカ族」と考えている事である。この問題は当分凍結しておこう。

日本から韓半島へ侵入したから日本の地名や名前があちらに残ると考えるのか、韓半島から日本に来たから日本に韓国語があるのか、高句麗の王を日本書紀の天皇に載せたのか、日本の天皇の名を高句麗王にしたのか、どちらも同じ様な事なのだが、民族的な自尊心からすれば非常に重大なのであろう。私にとってはどちらでもいい、しかしそれにこだわる人も多いだろう。
仮に韓国人であるなら加治木さんの説は到底認めるわけにはいかないだろう。しかし、歴史が事実を伝えるものであるなら、やはりそれはそれで仕方がないことである。
もともと私は真実が知りたいだけなのだから、結果傷つく事があろうがなかろうが関係のないことだ。
しかし一番恐いのは、仮に加治木説が正しいとするなら、韓半島の古代史のほとんどは空っぽになってしまうことだ。
はっきりいえることは、私もそのような気がしていたが新羅と百済の存在は非常に危ういということだ。私も百済の位置に付いては明確な答えを持っていなかった。それはどこにあったのかのたしかな証拠がなく、私の結論は絶えず移動していたのではないか、である。そして新羅に付いても統一新羅が出来るまで現在の韓国にあったとは一度も考えた事はなく、あくまで新羅(しらぎ)は大化の改新の後できた国で、それ以前は高句麗国の中に存在した小国(吉林にあった)だったと考えていた。つまり、現在の韓半島を私は倭国と考えていたのだから。
先日たまたま栗原氏の話から百済を遼東半島にあったとしたのは、彼が天皇家には朝鮮の血が入っていないといったからで、もしそこでないなら日本に百済があったとしか言えないではないか。
新羅は私の解釈では倭国のことである。倭国の支配者が日本へ侵入し、残った支配者が新羅を立てたのである。結果的には加治木説と同じ様なものである。やはりキーとなるのは天武、すなわち淵蓋蘇文だな。でも、私の持っている本には淵の事は書いていない。それは大化までの本しかないからである。次の本を手に入れ、壬申の乱を解けばすべてが解決する。彼は天武を種子島出身としているようだが、私は済州島もしくは高句麗としている。まあ、ゆっくり考えよう。
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by sibanokuni | 2010-02-09 06:02 | マヨちゃんの古代史
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