シバちゃんのため息

伊勢神宮は卑弥呼と壱與を祀ったの?

昨日、加治木さんの本が届いた。私としては5冊目で、いままで読んだ本を十分読みこなしていないのに、つい新しく着いた本を先に読んでしまった。「YAMATO」と言う副題がついた「謎の天孫降臨と大和朝廷の秘密」という本である。(900円はとても安いな・・・・)
正直言うと、とても大変な本である。一部認めがたいことや、事実誤認ではないかと思うことがないわけではないが、おそらく大筋でヤマト王朝の成立秘話を解くものでこれ以上のものはないのではないだろうか。
ただし、これがすべてではないことだけを承知の上、ぜひ皆さんも読んでいただきたい。そして、この本の中のいくつかの点で議論がしたいものである。
なかなか濃い内容なのでダイジェストにしてお伝えしたくても難しいのである。加治木氏は騎馬民族征服説の否定と、邪馬台国近畿説を否定するためにこの本を書いているため、逆に言えば満州方面からの渡来をすべて否定し、すべてが南方からやってきた部族としている。
そのわりには高句麗王・位宮(琉球出身であるとのべるが・・・)が垂仁天皇になったといっているのだが・・・。
また、白村江の戦いは大阪で起きたことで、百済(大阪)を日本が征服したとしている。つまり、日本・天智=新羅・金春秋が鹿児島から出発し、神武東征の行程で大阪へ上陸し、その後近江へ入ったと言う。
という事は、応援部隊が唐であり、唐の軍部がわざわざ日本まで遠征したと言うのだろうか?だったら旧唐書にその事情が載っているべきだし、日本の使者にたいしあのような疑問を呈することはあるまい。

まあ、細かいことはさておき、伊勢神宮に祀られているのが卑弥呼と壱與で、しかもその壱與は新羅の始祖だという考察はなんとも衝撃的である。しかし、考えてみると大いにありそうである。
何度も繰り返すが、この本の中で高句麗との関係がほとんど抜けている。この点だけを頭に入れて読んで欲しい。ほぼ完璧に思える加治木説だが、まだまだ屈服するわけには行かない。
そして最大の相違点はスキタイ族である。確かにインドへ向かったアーリア人がシャカ族となったのは認めるが、匈奴や突厥になったのも同じ部族である。インドから来たシャカ族は仏教徒で、シルクロードのスキタイは拝火教やゾロアスター、ミトラである。このあたりの扱いにやや疑問が残るのである。

さて、昨日の穴太衆に対して追加しておくことがある。昨日の「曹氏」に関してだ。森安孝夫氏の「シルクロードと唐帝国」からの引用です。p108
中国に来住したソグド人は、漢文書による行政上の必要から漢字名を持たされたらしく、その出身都市名を示す漢語が姓として採用された。」として、「康国はサマルカンド、安国はプハラ、米国マーイムルグ、史国キャッシュ、何国タシャーニャ、曹国カブーダン、石国タシケント、畢パイカンド」に由来する「康、安、米、史、何、曹、石、畢」という姓である。
もちろん、古来の姓と区別出来ないものもあるので注意が必要だと述べている。問題はそのカブータンだが、ジンギスカンの遠征時に完全に破壊され、今では名前も都市も失われているようだ。いずれにしても現在のウズベキスタンにあったのである。中央アジアのあまり有名ではないこの地域を中心に世界中を交易していたこのソグド人が、我々の考えるユダヤ商法とほとんど同じであることに注意して欲しい。私から言わせれば、彼らこそ失礼な言い方だが、元祖死の商人に違いないのである。
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by sibanokuni | 2010-02-16 06:30 | マヨちゃんの古代史
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