シバちゃんのため息

倭寇は日本人?

matsuさんに教えてもらい録画してあったNHKの朝鮮の歴史シリーズのなかで、まだ見てなかった一本、「倭寇」編をようやく見ることが出来た。なにせ一時間半みっちりなのでなんとなく見る機会がなかった。matsuさんごめんなさい。
「倭寇」は朝鮮半島を中心に活動していた、いわば海賊で、おおむね13世紀から14世紀に活躍?したみたいだ。学校で習ったよね。この倭寇のおかげでいまだに朝鮮半島では日本人を恨んでいる人がいるのだろうかな・・・。でもマヨ理論で行くと倭人というのは必ずしも列島の住人を意味するわけではなく、半島から列島の西半分を含む大きな連合体の住民の総称だったはずである。このことはほぼ誰も異論はないはずだ。しかも当時は国境などないのである。
倭寇の「倭」の字はともかくとして、「寇」の字を見ると「元を憂鬱にさせる」とも取れる。当時の朝鮮は高麗王朝だが、モンゴルに屈服するまでずいぶん長い間戦争があり、もともとの軍人は半島から追い出され、チェジュ島や対馬、壱岐、さらには列島などへ逃げ込んだと考えられる。
wikiを見ると前期倭寇のドンは「阿只抜都」だったという。「あ・き・ば・つ」である。私のこじつけでいうなら「安」「魏」「拓跋」である。これをもう少し進めるなら「安芸」を本拠にした拓跋族、すなわち鮮卑軍ではないか?ちょっと無理?そうか・・・、無理かな・・・。でも安芸や厳島、呉あたりには大きな秘密があると思うのだが・・・。
wikiには、「倭寇の被害を中心的に受けていた高麗では1376年には崔瑩が鴻山で、1380年には、李成桂が荒山、崔茂宣、羅世が鎮浦で、1383年には鄭地らが南海島観音浦で、倭寇軍に大打撃を与え、1389年の朴ウィによる対馬国進攻では、倭寇船300余隻を撃破し、捕虜を救出し、その後、町を焼き討ちして帰還した。これ以降倭寇の侵入は激減する。倭寇討伐で名声を得た李成桂は、高麗王朝を倒して李氏朝鮮を建国した。」・・・とある。もっとも最終的には中国人の海賊が倭寇の名を語ったことが多いと言われるから当てにはならないが、少なくとも前期の倭寇は私的には日本人と言うより半島や列島に隠れていた倭人だったと思うのだが、どうだろね。まあ、あまり難しく考える必要はないけれど、テレビを見ながらそんな事を考えました。
日本というのは遅くとも7世紀に成立していたから、本来なら日寇が正しく、倭というからには高麗にも日本にも属さないいわば海のサンカ?ともいえるのである。前期、後期ではかなり役割が変わっていくので一概には言えないが、倭人としか言えない事情が両国にあったのだろう。
もう少し言うなら高麗を倒し、王朝を打ち立てた李氏は何者?という事になるな。なかなか朝鮮の歴史も難しい。
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by sibanokuni | 2010-03-09 06:05 | マヨちゃんの古代史
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