シバちゃんのため息

二重王朝の知恵はどこから?

古代エジプトでは上下に王国を築く、二重王朝制をとっていたといわれる。その件が気になり、色々と調べ物をしてた。なぜなら明治以降、日本の都は二元制を敷いていたのじゃないかという仮説を私が提唱してきたからである。国内は東京、そして外交は京都であると・・・・。

久しぶりに木村愛二氏の『古代アフリカ・エジプト史への疑惑』(ネットで無料公開している)を昨日読んでいて思わず目に留まったのだが、エジプト文明の源流ともいえるナイル川の、そのはるか上流に位置する大ジンバブエを首都にしていたロズウイ王国について・・・・・・・、
「王は、中央集権的に構成された……諸組織の共通の頂点であるが、その権力は双分的な色彩を濃く帯びている。 たとえば『真の都』と称される王都は南北にひとつずつある。王は『北の都』の宮廷に住み、『南の都』の宮廷には第一王女が住む。これら2つの王都は同じ構造をもち、同じ形の国鼓、王室舟艇、かい、槍などをもつ。2つの都の評議会も同じように組織されている」(『アフリカの創世神話』、P.139)」という事で、古代に大変な天災(もっぱら火山活動に由来する大洪水など・・・)を受けた民族は本能的に中心地を二つ持ち、同じ文化が伝わるようにしたのではないかと考えられると書いてある。先日も誰かのコメントの中に、地下に地上とまったく同じ国家があるような都市伝説を読んだこともある。
また、かつて読んだ栗本慎一郎氏の「シリウスの都 飛鳥」にもスキタイが二元制をとっていたように書いてあった気がする。

私は以前から東京の都と京都の都の二元支配の可能性を提示している。これは明治天皇の行幸に先立ち、京都公家衆が編み出したウルトラCだったのである。明治天皇の偽物説が流布され、睦仁親王が岩倉具視に暗殺されたと言う話もネット上ではまことしやかに広まっている。いわゆる大室寅之助説である。しかし、私もいろいろ考えた結果、少なくとも公家衆が玉体を殺めることなどどう転んでもありえないという結論に達した。つまり、影武者しか考えられないのである。もともと京都御所の中で行われていたことなど国民は見たこともないし、知る必要もないのだから。
真実は一般に知られているところからもっとも離れたところにある。つまり、生きていたものは死んでいるし、殺されたものは生きている。韓流ドラマの見すぎ?いえいえ、皇室を甘く見てはいけない。

皇室はアヘン戦争で清朝が崩壊して行くさまを眺めながら、欧州の覇道主義がいかに恐ろしいものかを十分に認識していた。鎖国のおかげで日本は世界のことをまったく知らなかったとは、あくまで国民にはそう思わせていただけで、皇室は秘密裏に世界中にお庭番を派遣し、国際情勢は十分に把握していたのだ。つまり、明治維新は皇室が企画したのである。それは光格天皇に始まったのである。全部が皇室の思い通りになったのかは私には判断できないが、幕府に任せていてはこの国難は解決できないと皇室が考えたことは間違いのないことなのである。
そして万が一の保険として皇室を二つに分けたのである。
というより、南北朝の並立自体がすでにその準備だったとも考えられるのだ。以前から、南北朝についての見解を求められていて、思ったように答えることが出来なかったが、むしろ皇室はエジプト以来の二重王朝のメリットを知っていたのではないか。
武士階級が育ってくる前に、寺社勢力の勢力争いは皇室としても頭の痛い問題で、一番困るのが皇位継承に対する干渉であった。日本が乱れる原因はすべて皇位継承に絡んだものである。
南北朝にわかれ両朝並立したのが朝廷の陰謀だったとしたらなかなかやるものではないか。両雄並び立たず、寺社同士を競わせ、日本を二つに分断し、どちらが勝利しても片方の朝廷は残るのである。
栗原氏は南北朝などたいした問題ではない。と述べた。つまり、どちらも正当であり、どちらかが残ればよかったのだ。武力を持たない朝廷が考える生き残りの戦略だったのだ。

先日、姫さまから東と西は統合したのではないかとの質問があり、答えがやや迷走した感がある。しかし、やはり、二重王朝の特徴はどちらに転んでも片方が生き残ることであり、残念ながら未だに両建てではないかというのが結論なのである。
古代エジプトの歴史を調べながら、ふと今日はそう思ったのである。詳しくはそのページもごらんいただきたいが、真偽はともかくとし、エジプト人はもともと黒人だったという興味深い話もあるし、なぜ西欧諸国がエジプトの遺跡発掘に熱心なのか、その理由がなんとなくわかってくるのである。
日本史の源流を調べていたら遂にアフリカ中部、モザンビークにまで達してしまったと言うお話です。せっかくサッカーワールドカップが南アフリカで行なわれる。歴史の鉄則として不安定な地域にはさまざまな問題が隠されているというのは真理なのである。
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by sibanokuni | 2010-06-08 06:04 | マヨちゃんの古代史
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ため息ばかりのシバちゃんと、ぼやいてばかりのご主人様、マヨの日記です。
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