シバちゃんのため息

ベンベン石?

世界で一番はじめて一神教をはじめたのがエジプトのアクエンアテン(アメンホテフ4世)だといわれ、諸説あるが、その次のツタンカーメンの時代に再びエジプトは多神教に戻る。そしてアクエンアテン治世の首都、アマルナは破壊され、一神教は忽然と消えた。と同時に、モーゼのエジプト脱出と言う歴史がここから始まったと考えられる。つまり、アクエンアテンその人がモーゼなのだと言う人もいるぐらいで、ユダヤ教の原点、もちろんそれはキリスト、イスラム共通の出発点がこのアマルナだという言い方も出来るのである。このことは以前お話した。そのアテンの紋章が橘とほぼ同一であると言う話であった。
(アクエンアテンはエジプト新王朝第十八王朝時代に属する。紀元前1570年頃 - 紀元前1293年頃に当たる)

ある本によると、アクエンアテンはベンベン石に魅せられていたとある。ベンベン石はおそらくヘリオポリスに受け継がれていた伝統の中でもっとも重要な信仰の対称だったのだろうと書いてある。さて、このベンベン石がどのようなものかはわからない。聖なる石は角錐形で、小型のピラミッドのような、あるいは階段状の形をしており、ヘリオポリスで「ベンベンの館」あるいは、「不死鳥の館」と呼ばれる場所の中庭に台座に載せて置かれていたという。古代エジプトの宇宙論ではベンベン石は「原初の天地創造の地」、即ち天地創造の時又は場所を表す。
また、モーゼが「グノモンの代わりに柱を立てた」と言われている点で、これがアテンの石がモーゼの柱と同じ意味だとするなら、諏訪大社の御柱や、日本の各地に残る巨石がそれだとするのもそれほどおかしな話ではない。というのは、グノモンとは、ヘリオポリスの郊外を見下ろすように立つ背の高い花崗岩のオベリスクのことで、カルナク(ルクソール東岸)やタニスのようなほかの重要な宗教の中心地にも同様なものがあったようである。WIKIからそのオベリスクの写真を借用するが、これはまさしく御柱である。
写真はギリシャのナヴォーナ広場の記念碑
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もちろん、出雲なり諏訪がモーゼと関わりがあると言っているわけではなく、エジプトの最古の信仰の対象が御柱として日本にもあるとしたら興味深いとの話である。

出雲は地域柄、韓半島との関係が深そうに見えるが、もちろん単純に南方からの文化がたどり着いたとも考えれる、それは半島に御柱のようなお祭りでも残っていればはっきりするが、あいにく私にはそのような話は聞こえてこない。実はあるのかもしれないが、ご存知の方がいれば教えて欲しいものである。
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by sibanokuni | 2010-06-24 11:31 | マヨちゃんの古代史
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