シバちゃんのため息

2010年 01月 28日 ( 1 )

たどり着いたヤシの実?

昨日種子島の話をしたらまゆみさんや姫さまや、そーみなーさん、宮古さんからコメントをいただいた。まゆみさんの古市と言う名前が怪しいことは今に始まったことではないが、宮古さんのコメントはちょっと驚いた。

非公開だったけど、本人のお許しもいただいたので内容を紹介しましょう。
「古代史に疎い私でも楽しく読ませて頂いています。又最近こちらに度々登場する古本を読み色々と勉強中です。
沖縄の話しが出ましたが、**が宮古島のツカサー(神人)という事もあり宮古島に伝わる神話なども良く聞かされていました。
神話などは資料ではのこっておらず神人の口伝えとして残っていますが、今は数人しかおらずこの神人達はかなり高齢です。
覚えているのは天照大神は大神島に最初におりたそうで、天照大神は神人にこれから仕事で家(大神の洞窟)を留守にするから、この洞窟をちゃんと護るようにと言いそして必ず家に戻ると言い残し本島へ向かったと云われて居ます。
大神島の神人は今現在でもそれを信じこの大神の御獄を護っています。
宮古島本島には天照大神の両親の御獄もあります。萬古山御獄です。
宮古島は小さな島なのに平成天皇、皇后様が何度か公式に訪れています。」

次に今朝いただいたコメントです。

「宮古のムヌスイ(物知り)の話しです。
天照大神は島で両親と暮らしていましたが、青年になり両親から独立を薦められ大神島を与えられ引越します。ここでしばらく暮らしたと伝説は伝えます。島の人に仕事で長い間家を空けるがちゃんと留守番をする様に伝え沖縄本島に出向いたと云われています。
必ず帰ってくるからと留守の家の事を念押ししたそうです。
両親共々稲作指導をしていて、非常に厳しく農業を教えられたそうです。
両親の墓は萬古山ではなくて、小さな山の麓にあります。」

以上ですが、HNは宮古さんにしておきます。**は一応念のためにです。おもしろいですね・・・・・。
アマテラス様は農業指導員だったわけだ。

私の古代史は基本的に卑弥呼以降を中心にしていますので、アマテラスやスサノウは出てきません。即ち、それらの人々が亡ぼされた後の時代をたどっているからです。
日本列島は東日本と西日本では構造がまったく違います。それは西日本が水耕栽培中心で、東はそれらがほとんど見られなかったことでもわかります。つまり、西日本に最初に稲作をつたえたのがアマテラスで、やはり南方から流れ着いたと見るか、もしくは積極的に移住してきたという事です。誰が想像しても列島の中で九州の鹿児島、宮崎にたどり着くのが順当でしょう。したがって、高千穂のあたりにアマテラス様御一行が王朝を築き、その後誰かによって亡ぼされたという事になります。

スサノウは半島、もしくは満州の臭いがします、ヤマカンでいうと出雲あたりが一番ふさわしいでしょう。つまり、これらが弥生時代の支配者達で、4から5世紀にかけて半島から侵入してきた渡来人に亡ぼされ、その歴史は神話にされてしまったと考えるのが妥当ではないかな。

コメントによれば宮古島本島にアマテラス様の実家があるそうで、天皇陛下も訪れているそうだからこれはもう間違いない、アマテラス様の御出身は宮古島に決定しておきましょう。

ただ、種子島については九州に近すぎるから・・・・アマテラス様の九州上陸の前線基地なのか、それとも九州王朝の防衛基地なのか、もう少し調べる必要がある。加治木さんは天智天皇が種子島出身だと述べているが、これがすべてではない。その前にどこから来たのかが重要である。

まゆみさんの古市家は本人もそう言っているようにシルクロードをラクダでやってきた放浪癖のある流れ者なのです。種子島にいる古市家の人間はたまたま大阪からフェリーに乗って種子島に居ついたのでしょう。落ち着かない人たちなのです。本当かな?

加治木さんの次の本がまだ着いていなけど、「こふん」を読めばもう少し彼の言いたい事がわかるかな。ただし、日本の源流を南からにしたい人たちはたくさんいますから、全面的に信じることは危険なのです。注意しながら考察は続けます。
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by sibanokuni | 2010-01-28 09:05 | マヨちゃんの古代史



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