シバちゃんのため息

2010年 02月 02日 ( 2 )

新羅は九州にあったの?

現在、加治木さんの「KOFUN」(誰が巨大古墳を造ったのか」を読んでいる。一度さらっと読み、もう一度要点をまとめようとゆっくり読んでいるところだ。
非常にすぐれた研究ですごいなと思う反面、どうしても私には受け入れがたい事がある。それは、この本を読む限りにおいてであるが、彼は韓半島から日本へ支配者が渡来した事を断固否定していることだ。そして、何より倭国が九州にあり、もちろん卑弥呼も九州、高句麗も新羅も九州、百済はなんと、大阪にあったという。いくら彼の出身が九州でもちょっと無理があるのと違う?では韓半島には何があったの?

一番私と違うことは、彼は韓半島の後ろにまったく目を向けていないところである。いわゆる日本近辺で歴史を語っているのである。私は日本、あるいは半島が広いユーラシア全体の中で孤立して生きてゆけるわけがないと思っている。つまり、高句麗が中央アジアや中国地域からの脅威にさらされた時、まったくそれに無関心でいられるわけがないのである。
まあ、これは歴史観で済む話ではないと思うのだが。

ところで次の文を読んでいただきたい。

「新羅の36代景徳王は761年に九ヶ州五小京117郡293県に及ぶ地名改名を断行した。倭人の命名した地名を、ことごとく改め、その名残を一掃しようとしたのである。・・・それは4年前に新羅にやってきた日本の国使の無礼な態度に怒った王が、会わずに帰国させたというほど日本嫌いが底流にあった。・・・・唐代以前には新羅の官職名は全部「倭の名前」が付いていたのである。それがこの改革を期に倭の名残が一掃し・・・・倭の名残を拭い去る努力が払われたのである。」(「kofun」p135から137)

膨大な文章の一部だけを切り取って論議するのは申し訳ないが、この文章を読めば、これは新羅の地、すなわち統一新羅のことだから韓半島大部分の事である、その地名が倭名だったのである。誰が読んでもそうなるのだが、加治木氏はどうも違うのである。
新羅のもともとは九州南部にあったと述べ、大化の改新のときに半島へ攻め上り新羅を建国したと言いたいようなのだ。では、なぜその半島に倭名がついていたの?誰が名をつけたの?
倭国は九州にあり、そこは金春秋に亡ぼされ日本になった。それは私もそう思う。しかし、百済は大阪にあり、日本に統合されたと述べている。高句麗がどこにあったかというと、これの本国は熊本だったそうである。という事は唐は熊本まで高句麗を攻撃しに来たというのか?満州地域の高句麗は誰が支配したの?
天智天皇が金春秋だったのは同感だが、彼は半島へ赴き新羅を建国し、さらに大阪へ攻め入り日本を統一したというの?さすがに一人何役は無理じゃないの?

アー、頭が痛くなる・・・・もう考えたくない。
一つ一つの話はそれほどおかしくはないのだが、全体とすると私の頭はぶち切れそうである。読めば読むほど基本的なところが違っているとしかいえない。
とにかく全部が日本の中のことで、韓半島も日本人が占領したと言いたいわけだ。それほどまでに騎馬民族征服説が気に入らないみたい。もちろん私も江波氏の論は認めないが、それでも当時の学会の状況からすれば、まだマシなほうなのだ。
「KOFUN」においても「TAIKA」でも素晴らしい歴史解明をしていながらどうもおかしいのだ。
何がおかしいかといえば、やはり出発点がおかしいとしか言えない。つまり、卑弥呼がおかしいのだろう。
全部で4冊仕込み、後二冊読まなくちゃならないのだが、ちょっと考え込んでしまった。
そういえば、以前、この人の事を聞いたとき私は「言語学者は信用できないから・・・」と答えたような気がする。今それを思い出し、やはり私の考えは間違っていないと思う。
彼の頭には韓半島の上にある満州やさらにその奥であるモンゴル、シベリアの事がまったくないのだ。満州あたりで五胡十六カ国が大混乱で戦争を行っている時に半島がまったく影響を受けていないはずはないだろう。また、高句麗も新羅も百済も倭国も日本にいたとするなら韓半島は一体誰が支配していたというのだ。
唐や隋があたりまえのように支配するはずじゃないのか?でも、惜しいな、彼の考察は決して無駄じゃないのだ。ただ、結論ありきの研究なんだよね。この先どうしようかな・・・・・・?
いずれにしても魏志倭人伝という陳寿が書き残した司馬仲達への「よいしょ」記事を額面どおり解釈し、それを前提に歴史を積み上げてゆけば出来上がったすべては砂上の楼閣で、てっぺんに到達した時にはもう後戻りは出来ないのである。もったいないことだ。
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by sibanokuni | 2010-02-02 20:38 | マヨちゃんの古代史

アッシリアから日本へ

ちょっと世界史のお勉強をしましょう。言っておきますが、世界史は小学生レベルですから笑わないでくださいね、特に古代オリエントの歴史は頭痛くなるもんね・・・・。教科書としてこちらを使いました。

注)少し追加をしています。

とりあえずアッシリアからです。前8世紀から前7世紀、メソポタミアからエジプトまでのオリエント全域をアッシリア帝国が統一した。場所はもろにイラク周辺です。(写真もそこから借用)
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 この帝国を建設したアッシリア人はセム語系で、前20世紀以前からティグリス川上流のアッシュールという都市を中心に交易活動等をしていた。古バビロニア王国やミタンニに服属していたが、前14世紀に、一時独立を回復。
そして、前9世紀ごろから急に勢力を伸ばす、それは鉄器時代になったからで、アッシリアは騎兵隊を導入し、弓を使った。これが圧倒的に強かったのである。

アッシリアは全国を属州、属国として、多くの民族を支配したが、その支配の仕方が酷くい。抵抗した都市の住民の生皮を剥いで城壁に貼りつけたり、串刺しにしたり、とにかく力で押さえつけるものだった。その代表が「強制移住政策」というものだった。
しかしあまりの強引さに周りから反撃を受け、北方のスキタイ人の攻撃と、支配下のカルデア人、メディア人等の反乱で首都ニネヴェは前612年に陥落し、前609年、アッシリア帝国は滅亡した。
皇紀元年は紀元前660年だから、アッシリアが滅びる50年ほど前に天皇家はうまく脱出したということか?

アッシリアが滅亡したあと、この近辺に四カ国が誕生した。リディア王国、メディア王国、エジプト、新バビロニアである。

さてこの新バビロニア王国の王様があの有名なバビロン捕囚をする。ブカドネザル2世という。そしてリディア王国は昔ヒッタイトがあった地域で建国した。場所的に言うなら今のトルコあたり、最古の製鉄部族ですな。
メディア王国は現在のイランとイラク北方に当たるかな?

この四国を再び統一するのがアケメネス朝ペルシャで、インダス川に到る大帝国を作る。ペルシャ人というのはメディア王国に服属していたがBC550年ごろその四国を征服し、統一した。
注目すべき問題はこの王国の宗教で、ゾロアスター教なのである。さらに、首都の名前がスサという。うーん、なんかぞくぞくしてこない。

鹿島氏によれば、中国の秦はペルシャ人が建国したのだという。その根拠は大変だからここでは述べない。
まあ、今日のお勉強はこのへんまでにしておきましょう。
ひょっとして栗原さんの言いたいのは、秦へお種が移ったってこと?
その考えも成り立つけれど、むしろスキタイ族がアッシリアを亡ぼし四つの国を作ったと解釈するのも一つの考え方かも。つまり、ひとつの神がアッシリアに降臨し、4つの神さまをお作りになった?

とりあえず、秦の始皇帝はひとつの選択肢ではあるな・・・。

WIKIで「秦」を見ると、「秦(しん、ピン音:Qín、紀元前778年 - 紀元前206年)は、中国の王朝。周代、春秋時代、戦国時代に渡って存在し、紀元前221年に中国を統一したが、紀元前206年に滅亡した。統一から滅亡までの期間(紀元前221年 - 紀元前206年)を秦代と呼ぶ。国姓は嬴(えい)。統一時の首都は咸陽。」とあり、なんと、姓はこないだ出てきた天武の名前の中にあった嬴があるじゃん。
やっぱり、天武はペルシャ人なのかな?加治木さんはラテン人だといっていたな・・・。

もちろん、私は天武をソグド人と言っていたが、ペルシャ人とは同じようなものだから別に文句はないけれど、この説で行くと、アッシリアから秦王国を建国し、亡びたあと中国に留まり、こっそりと生き残り、高句麗から日本へやってきたというごくまともな歴史になるな。あまり面白い展開ではないな・・・・・。いやですよ、私は除福伝説は信じていませんからね。ましてやそれではツランとまったく関連がなくなる。この線は却下したいな。

早い話、秦国はスキタイ的にいえば中央軍であり、右軍は海へ、左軍はカフカスへ向かうはずである。ツランは左軍である。調べて行きたいけど、わかるかな・・・・?
先ほど、サムライさんから、栗原さんはお種がアッシリアとは一言も言っていないですよ、とメールが入った。やっぱし!だから、スキタイなんだって。このスキタイこそ私の生涯のテーマなんだ。これがお種の元なのだ。

まあ、そんなに急ぐ話ではないから、次回はペルシャ帝国をお勉強しよう、なにせ世界史はよく知らないものだから、はずかしいな。皆さん一緒に勉強しましょう。
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by sibanokuni | 2010-02-02 06:09 | マヨちゃんの古代史



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