シバちゃんのため息

カテゴリ:マヨちゃんの陰謀論( 87 )

張作霖を殺したのは・・・

月刊日本の10月号、落合莞爾さんの疑史を読み、なんとなくむずむずしていた、が、あいにく余り時間がない。下の記事は昨晩、二時間ぐらい掛けて資料やネットを駆使し調べたものです。
何がむずむずしたかと言えば、薩摩上原元帥の草であった吉薗周蔵がこの事件、つまり張作霖の暗殺事件の内幕を知り、草であることを辞める事を決意するのである。つまり、上原氏が裏で何かを裏切ったことを知った吉薗は自分の親分に失望したのである。もっというなら、国益を損ねたと言うべきなのか?

じっくり調べたいのは山々だが、あいにくそれほど時間が取れるわけではない、月刊日本の8月、9月、10月、それにGoldwarriors、もうひとつ、栗原氏の「真贋・大江山・・・」、それと「天皇の陰謀」などを順々に読み、とりあえず結論のようなものを出してみた。実際、参考資料はいくらでも在り、調べだすと一週間は必要だろう。ただ、一点、この事件は誰が考え、何のために起きたのかだけを考察してみた。
内閣の面々、政治状況、それら全部を考えるとそれだけで一冊の本になってしまう。それほどの意味があるとも思わない。不十分ではあるが、一応考察したが、もとより絶対に正しいと言う気はない。ひとつの考え方を述べるだけで、また他の状況から修正する必要はあるだろう。


月刊日本の10月号に、疑史(落合莞爾 第61回)が連載されており、ここ数回は張作霖暗殺についてである。たまには満州関連のお勉強をしよう。
ついでにということで、Goldwarriorsを引っ張り出し、その第二章を見ることにした。まず、シーグレイプ氏は「張作霖の暗殺は、中国の学生が奪われていた政治的金銭的権益の返還を求め、日本商品のボイコットを開始、公然と示唆行為をおこなっていた。そして、その裏に張作霖がいることを知った日本軍は彼を殺す事を決定した。暗殺は河本大佐で、日本政府も承知の上で実行する。」と書いている。(相変わらず下手くそな翻訳だ・・・・ところで、日本政府とは誰を言う?)
落合氏によれば、田中義一と蒋介石が会談し、交換条件を出す事で暗殺が決まったとある。つまり、蒋介石は満州の租借と引き替えに軍閥の一掃、即ち、張作霖を亡き者にするということである。つまり、田中義一は暗殺を知っていたとなる。しかし、吉薗日記によると、陸軍の人事権を握る田中と宇垣は上原とは不仲なのに、上原元帥が暗殺に関与しているというのである。
その前月号(9月)には、張暗殺を知った吉薗は、上原元帥がそれに関わっている事に気づき、「これで一番困るのは田中義一である。」と書いている。これでは少々つじつまが合わない。なぜ田中が困るのだ?落合氏の記事でこれはわからない。

wikiを見よう、「同年(1928年・昭和3年)に起きた張作霖爆殺事件に際して、田中は国際的な信用を保つために容疑者を軍法会議によって厳罰に処すべきと主張したが、陸軍の強い反対に遭ったため果たせなかった。このことを野党立憲民政党に批判され、また昭和天皇にも「(この事件を犯人不明としてその責任者を単に行政処分で終らせたといふことは、帝国の陸軍の綱紀を維持する所以でないといふことを御軫念になり、田中総理に対し)お前の最初に言つたことと違ふぢやないか」と強く叱責され、「(奥には入って鈴木侍従長に)田中総理の言ふことはちつとも判らぬ。再びきくことは自分は厭だ。」[3]と勅勘をこうむったため、田中は涙を流して恐懼し、翌1929年(昭和4年)に内閣総辞職した。」、とある。独白録で、「あれはちょっと・・・」と天皇が後悔したところである。軍の統帥権は天皇に属し、田中には何の責任がなかったと言うのに・・・・。

この数ヶ月後、田中は病死する。誰もそれを病死とは思わなかっただろう。
結局のところ、田中は暗殺というより、蒋介石の邪魔はしないよという言質は与えたのであり、暗殺までは考えていなかったとするしかない。なのに、暗殺が行われたため、驚き、怒り、本気で厳罰を与えるつもりだったが、上原元帥が関わっていると知り、処分を断念することになったのだろう。こう解くべきだ。
不思議なのは、軍部はこのにち中国側の報復を予測し、東京からさらなる援軍を送らせ、ついでに満州を占領しようと考えるのだが、内閣は援軍を送らず、満州の占領は石原莞爾の陰謀まで待つ事になる。

結果的に言って、これは上原元帥が田中義一の失脚と、張作霖の暗殺で、皇道派の構想である中国分断政策を妨害する策謀であったと言う事であろう。少なくとも結果的にそうなる。
戦前の話は恐ろしく難しく、専門家からみれば素人の分析などと笑われそうであるが、従来の史観に拘束されない分、単純に読み解く事が出来るのだ。

解説しよう。本来、田中義一を中心とする陸軍は張作霖と協力し、清国から譲り受けた満州を経営し、清王朝を満州へ避難させる。そして中国本土は国民党と共産軍で戦わせるつもりだったのである。張作霖と協力関係にあれば清から譲り受けた満州の租借権は正当であり、西欧諸国も手が出せない。ところが張作霖が殺され、その息子、張学良が蒋介石の南京政府に統合されるや、日本が満州にいる正当性が国際法上無効にされるところとなる。
これこそ英国式ワン・ワールドの陰謀たる所以で、みごと罠にはまった日本は満州租借件を失い、世界中から孤立を深める事になる。ちょっと無理があるかな?つまり、張作霖暗殺は国益を損ねたのである、そしてそのトップに吉薗の親分、薩摩上原元帥がいたという事である。教科書に出てこない歴史とはこのようなことなのだろうか。

こんなややこしい話はほとんどの人が興味を持たないと思う。ただ、こんな些細なところに巧妙なうそが盛り込まれ、国民を洗脳してゆくのである。
[PR]
by sibanokuni | 2009-10-01 06:16 | マヨちゃんの陰謀論

日本の支配者

昨日から奇兵隊さんと民主党の日銀政策に関し、コメントのやり取りをしています。お互いの思いは同じようなものですが、やはり、歳を重ねた分、私のほうがややあきらめが早いようです。
論議を重ねたところで本当のところ、日本の奥の院の話だけにわかるわけがないというのが実体でしょう。

私の考えは前から言っているように、日本はアメリカの属国ではない、と言う立場だから、アメリカから国債を押し付けられているとは思わない。日本はアメリカのFRBとぐるになってアメリカの生死を握るため、本来日本の国内に還元するべき国民の資産をアメリカ国債へ投入していると考える。物事には両面があり、どちらが正しいのかは当事者に確かめる以外わからないのだが、はっきりしているのは、日本が本気でアメリカ国債を換金しようとする時、間違いなくドルは紙切れになる。その国債を大量に保有する日本が、即ち、明日にでもアメリカを崩壊させることが出来る日本がアメリカの属国だとは考えられないではないか。・・・・と私は考える。
奇兵隊さんたちの言われることはわかる。しかし、アメリカ政府の実体はヨーロッパの貴族たちではないか。日本がたかが植民地の属国であるなどあるはずもないことだと考える。
あとは、そのヨーロッパの貴族たちと日本の支配者達の関係である。そこでみんなに笑われながらも「お種」理論を披露した。なかなか信用されないのは当然なのだが、私は日本の支配者はヨーロッパの貴族たちに何ら歴史においても、資産においても引けはとらないと思っている。まあ、お種はともかくとして・・・・。
ロスチャイルドがカザール人なら同じフン族仲間で皇室と親戚かもしれないではないか・・・(冗談ですよ)

さて、日本銀行は政府の資本が55%、民間の資本が45%の独立した国策企業である。民主党が日銀の総裁に旧財務省の人間が就任することに最後まで反対したのは覚えているだろうか。これを見ただけで民主党の日銀に対する姿勢がわかろうと言うものだ。
私はこのとき何度も指摘した。つまり、民主党は間違っている、政府(財務省)側の人間を入れるべきで、日銀の内部昇格はだめだと・・・。このときは自民党と民主党とで臭いお芝居をしたのだ。
つまり、民主党でも自民党でも日銀の独立性を認めないなら政権は取れないことははっきりしていたということ。とにかく、政府紙幣の発行を口にしただけででっち上げで(万引きやセクハラ、痴漢など)警察に検挙されるのだ、それを見れば誰も口にできなくなる。
だらだら話を続けて申し訳ない。早い話、世界中の中央銀行は世界の支配者達のサロンであり、世界支配の有力な手段であるから、日本の中央銀行も当然、日本の支配者が運営しているという事である。

だから、奇兵隊さんのいう事はもっともだとは思うが、タブーはタブーとして、触れないとこは触らず上手に政治を運営してゆくしかないのではないか。
世界の支配者に日本の資産を売り渡す?これは私はないと思っている。アジアを日本が支配すると言うのが当面、日本の支配者達の目標だと思う。民主党は同床異夢のやや危ない橋を渡っている気がする。
奇兵隊さんとは一番最初の、日本はアメリカの属国であるという点で堂々巡りになる。これは答えは見つかりませんね。いずれ答えが出るのだろうか・・・・。
[PR]
by sibanokuni | 2009-09-24 09:08 | マヨちゃんの陰謀論

サンカの親分

サンカというものへの考え方が以前とはずいぶん変わってしまった。言うまでもなく落合莞爾さんの記事を読んでからだが、それでも落合さんの説明でもいまいち疑問があった。
それが、栗原茂氏や中矢伸一氏の本を読んで行くうちに、ちょっと違うのではないかと気づいた。八切氏などの従来の民族学的歴史学では、サンカとは基本的に支配者にまつろわぬ者達で、山の中へ逃げ放浪する部族の総称であった。とくに、明治時代以降、警察の検挙率を上げるためサンカを山から捕まえて来て濡れ衣を着せることで犯罪者の集団のように見せた、というものなどである。結論として彼らの描いたサンカは目くらましで、真実を隠すための策謀であった。
確かにそのように山で生き、戸籍にも乗らない人たちがたくさんいたのは確かだろう、今でもホームレスはいるのだから、しかし、本当のサンカは実は職能集団で、それぞれ親方がいて、その親方を束ねる支配者はべつにいたのだ。つまり、石工部族、金堀り部族、猿楽部族、きこり、炭焼き、木地師、ささら・・・などがサンカそのものだったのである。
それらの親方に指令を出していたのが空海であり、行基であり、役行者などだったと考えるのだ。
そもそも、彼らサンカは親方に率いられ満州や半島を経て日本へやってきて全国へ散り、草となり全国を移動したり定住しながら指令を待つことになった。
結局のところ、藤原不比等という四部族の合成家系がその頂点にあり、その四家がそれぞれの全国ネットを築いたのである。大江山霊媒衆というのは近江に渡来した佐々木源氏部族で、その主家が藤原北家となったため、それ以来影となって北家を支え続けてきたのだ。そしてその配下には全国の渡来職能集団がいて、それらがサンカだったのである。
最近調べていた事がたまたま藤原北家だっただけで、残った三家にそのような諜報組織がなかったと考えることは出来ない、見えていないだけでおそらくそれぞれが独自の組織を持っていたはずである。

指令系統として佐々木源氏は北家当主がトップであり、大江山に命令がくだり、各地の職能集団、つまりサンカの親方へ指令がゆくのである。つまり、落合氏が言う上田穴太衆はサンカであり、大江衆はそのご主人にあたる、つまり格が違うことになる。そのあたりに多少ニュアンスの違いが感じられ、あるいは、落合氏も本当の事が書けないのかとも思うのである。栗原氏は出口家とは家系ではなく会社のようなものだと言っている、つまり出口家は大江衆そのものだったのである。

秀吉も家康もサンカの親分であった。しかし、彼等のご主人様は異なっていたはずである。サンカの親分は自分のご主人様の命令だけしかなく、他人のご主人様の事までわからないのだ。
秀吉も家康も同じ匂いを感じつつ、戦うなというご主人様の命令を守ったのである。歴史上、秀吉や家康が天下を取ったように描かれるが冷静に判断すると、彼らもご主人様のご命令に怯えつつ天下を収めさせてもらったというのが現実だったのではないか。家康はそのご主人様に怯えた結果、江戸の警備を固め、京都公家衆を監視し、大江山に対抗するため柳生を雇い、伊賀・甲賀忍者をお庭番と称し全国へ派遣したのである。

歴史上、天皇家も藤原家も江戸時代はひどく貧乏だった様に描かれるが、歴史書というのが権力者が書くものであるという事を知った上で読まなければならないことは言うまでもない。明治・大正・昭和となっても、真実が書かれることはないのだから。
[PR]
by sibanokuni | 2009-09-22 21:30 | マヨちゃんの陰謀論

由紀夫ちゃんのお父さん

鳩山由紀夫政権はまずまず無難なスタートを切っているようだ。以前から政治に対する閉塞感から、政権交代を望んでいた私にとってもやれやれというところかな。
さて、友愛という言葉で思い出すのは、NHKで放映中の大河ドラマ、直江兼続の兜に描かれた愛で、そういえば番組でもやけに強調していたな・・・、そんなところにも世論誘導が・・・疑いすぎだよね。
言うまでもなく本人もフリーメーソンである事を隠そうとしていない。まあ、フリメーソンのすべてが陰謀を企むわけではなく、陰謀を企む人間にたまたまフリーメーソンが多いだけだから、そんなに気にする必要はないかも・・・・。

さて、以前から日本にはワン・ワールドが二種類あると主張してきた。つまり、第二次大戦前、日本が二つに割れたのは二つのワン・ワールド思想の対立だったのだ。これは陸軍が望んだ北進派、玄洋社や世界紅卍党と同調した大アジア・ワン・ワールド、今ひとつは英国王室主導の世界ワン・ワールド、つまり宮中親英派と南進派であった。
最終的に薩摩ワンワールドが主導権を持ち、日本は侵略国家として東京裁判で裁かれることになったのである。
今回の政権交代で陰謀論者達が危ぶむのは、鳩山氏とフリーメーソン・ユダヤ・イルミナティーとの関係であろう。私はそのあたりをサンカの血流(と僕が思っているだけだが・・・)小沢氏がしっかりと監視するから当面は心配ないだろうと楽観していた。
ところが昨日、ネットを検索していて、「鳩山由紀夫は笹川良一の子供である。」との怪しげ情報を得た。ネタ元がネタ元だけに裏を取りたかったが、弟である邦夫が、「兄弟でもDNAがちょっと違うから・・・」と述べたとか、述べなかったとか・・・以外に格別な証拠はみいだせなかった。ただし、マヨの直感では信憑性はある様に思う。誰が見てもそっくりだからである。

船舶振興会の「世界はひとつ、人類はみな兄弟」というキャッチフレーズはテレビでおなじみだった。いまから思ってもこれはワン・ワールド思想そのもので、私も笹川氏を非常に怪しい右翼のフィクサーと認識していた。つまり、私にとって非常に悪い印象だったのである。過去形で述べたのは、いまはそうでもないという意味である。
笹川氏の血筋は表向き特に見るべきものはなく、格別重要な「お種」を持つようには思えない。しかし、彼は間違いなく堀川辰吉郎の意志を継ぐ人間で、世界紅卍との関係は深いのである。
笹川氏の資金源は株式投資というのが表向きなのだが、出口王仁三郎がなぜあれほど莫大な資金を持っていたのかと同じ種類の疑惑を感じるのである。現在は日本財団が活動を引き継いでいるが、曽野あやこ女史がペルーからの亡命者、フジモリ氏を匿った事は記憶に新しい。なんとなく頭山満を彷彿させるのである。

鳩山氏が、「日本列島は日本人だけのものではない。」と述べたというが、一体どういう意味なのであろう。さらに在日外国人に参政権を与える案件はマニフェストにこそ盛り込まれなかったものの、民主党としては既定の方針であるという。
ひとつ間違えば大変な事態を招きかねない大きな国策の変更である。
本当に大きい賭けのように見えるが、バックに笹川の意志を継ぐ大アジア・ワン・ワールド構想があるとしたら、私も深く考え込まざるを得ない。と言うのも、私は大アジア構想には賛成なのだ。
世界平和を本気で目指すならこのアジア構想は正しいと思う。ただし、あくまで理念であり、いくら理念が立派でも現実には悲惨な結果になるというのはよくある事だ。

噂の域を出ない情報でここまでの結論を出す必要はないが、小沢氏が当然首相になるべきところを、あえて鳩山氏に代わったからこそ政権交代が可能になったという現実は、思ったより大きな理由があるのかもしれない。
私の今日の推測が正しいとするなら、間違いなく日本の支配層が入れ替わったという可能性がある。思ったよりはるかに大きな政変だったのか・・・。
[PR]
by sibanokuni | 2009-09-22 07:02 | マヨちゃんの陰謀論

ウガヤ街道、シルクロード

「陰謀と幻想の大アジア」を読み終わった。今まで研究してきた視点とはずい分と違うので戸惑う事も多く、十分に理解できたとはとても言えないので、もう少し丁寧に読まないともったいない気がする。
戦時中の日本軍の満州での行動は色々な研究書や小説などである程度理解しているつもりだが、満州の奥、つまりモンゴルやさらに新疆ウイグル地区についてはほとんど読んだこともなければ話題になったこともないように思う。しかし、当時の日本軍はそんな中央アジアの奥深くまで諜報部員や学者を派遣していたのだ。その中に騎馬民族征服説を戦後発表した江上波夫もいた。彼等は学術調査といいながら寺院などを巡り、古文書を探しては日本へ持ち帰っていたはずである。言うまでもなく満州でも、朝鮮半島でも貴重な資料、財宝、埋葬品を略奪して日本の皇室の博物館へ収納したのである。
それは別に日本に限らない。ドイツも英国も、そしてソビエトも発掘調査という名の略奪をしていた。
何をさがしていたのか?各国が目の色を変えて探さねばならない物が果たして見つかったのかどうかはまったくわからない。しかし、それが見つかったとすれば、おそらくそれは二度と人の目に触れることはないように隠匿されてしまうであろう。なぜなら世界の始まりの証拠を探していたのだろうから。

日本の皇室や、本願寺大谷瑞光が中央アジアで探そうとしたのは日本の支配者のルーツを示すものであろう。シルクロード、それこそが謎のウガヤ王朝の歩んだ足跡に違いないからである。しかしながらそれほど必死になるのはそれが見つかるといささか都合が悪いからではないか。例えば、源氏のルーツがウガヤだとすれば、日本の皇室は源氏の子孫か、もしくはウガヤの略奪王朝なのかもしれない。これはちょっとやばいんじゃない?先日述べた源頼朝が部下を大陸へ派遣し、「上記」を編纂したのもまったく同じ動機である。

神武天皇はウガヤフキアエズの三男(四男とも?)で、ウガヤが派遣した皇子の一人である。彼が中央方面軍であれば正統なお血筋なのだが、そうでなければどこかに自分より上位の継承者が存在する事になる。
善光寺にその秘密の指令書が隠されたと見るのはあながちありえないことではない。そこには「百済王善光を中央方面軍に指名し、日本可汗となす」、書いてあったりすると面白いじゃないかな?

私の考える神武天皇は朱蒙であり、檀君であり、鮮卑の檀石塊である。問題は夫余王、金蛙から王権を奪った時、正式な手続きを経たかどうかである。遊牧民族の王族は匈奴の王からそのお墨付きを得なければならない掟である。これはマヨ理論で言うところの、「お種証明書」である。(本当かいな・・・)まあ、これは冗談だけど、まあ、いずれにしても日本としては満州から新疆にかけてウガヤ王朝の歴史に関わる物はすべて回収し、隠匿したかったのではないか。だからこそ戦時中にもかかわらず、わざわざたくさんの学者を送り込んだのである。彼等は戦後いずれも口止めも含め大いに出世し、日本を代表する文化人になっている。金がなくなって真実を暴露されては困るから・・・・ね。
まあ、この本を読んでマヨ理論の足しになる記事はそれほど見つからなかったが、たくさんの本を紹介してくれているので、暇を見つけてはそれらを読むのも悪くはないかも。

いずれにしても、中央アジアにはまだまだたくさんの秘密が隠されている、それは絶対に間違いないことである。だが今はそれより著者の名前、海野というのが大変に気になる。今日は上田市の歴史と海野一族を調べる事にしよう。真田氏がわざわざ海野氏の血流を受け継いだのは、彼ら海野氏が大江山霊媒衆の継承者の一人だからである事は間違いなく、著者もまったく無関係ではない気がする。
[PR]
by sibanokuni | 2009-09-06 06:37 | マヨちゃんの陰謀論

国策にもてあそばれる歴史

サムライさんご推薦の「陰謀と幻想の大アジア」を半分ほど読みました。それを読むと、戦前、日本、あるいは満州などにおいて親ユダヤと反ユダヤが入り乱れ、歴史家もそのときの政府の方針に右往左往していたことがわかる。
つまり、日露戦争時はロシア帝国を転覆させるためにユダヤと連携し、さらに満州からモンゴルへ日本軍が進出するためにユダヤ同祖論を利用し、ユダヤが日本にやってきた道を遡り大陸へ進出する動機を正当化させたのである。ところがナチスドイツと連携するに当たり、政府もユダヤを追放する立場に変わっていくことになる。学者としても大変に困ったに違いない。ましてや現地で満州国をユダヤ国家にしようなどと考えていた連中にとっては、まさに二階へ上がってはしごをはずされたようなものである.

いずれにせよ、日本が反ユダヤになったのはマヨ理論からすれば天皇陛下が皇太子時代、英国へご訪問されてからです。このとき、英国はアジア全域を共産化する方針だったため、ロシアの南下を阻止するとうい日本軍部の方針が否定され、南進へ転換することを約束したのだと思います。

さて、「陰謀と幻想・・・」の本のなかで、日本語のルーツについて触れている。戦後、言語学の分野ではほとんどウラル・アルタイというルーツは捨て去られ、タミール語であるとか、シュメールであるとかインドだとか・・・なぜか南方起源になっていると述べられている。私がいつも述べるように、日本語の根本は間違いなくウラル・アルタイであり、他に議論の余地はない。過去に何度もコメントでねちねちと挑んでくる人がいたが、何度聞かれても語順と言う根本は他に変えようがないのです。
ただし、言葉のルーツがアルタイだからと言って、人種あるいは部族のルーツと言っているわけではない。あくまで支配した地域の言語を変えれるほど強力な支配力を行使したのがアルタイ地域からやってきた部族だと言っているのです。人種については遺伝子なりDNAが示すとおり、南方からも来ただろうし、半島からも来たのだろう。さらに日本語と朝鮮語は同根であることは明らかだ。ただし、アムール川で二手に別れ、それぞれ長い年月のうちに他の言語と混合し、なまり、原型をとどめないほど変化したことは間違いがない。それでも語順を変えることは出来なかった。あれほど中華の影響が強かったにもかかわらずだ。
話し言葉を替えさせるのはそれほど大変なことなのだ。
現在も言語学の分野では北方から、あるいは半島から文化が伝わったことを認めたくないようである。しかし、聖武天皇の時代、渤海の使者は現地の言葉を通訳を介せず直接話したように書かれている。
いうまでもないことだが、渤海の使者は出羽に到着し、平城京へ来るまでに24人が8人まで減っている。つまり、当時の日本は北日本は高句麗部族で越前、近江あたりはまだ天皇の支配が完璧ではなかったことが忍ばれる。即ち、関東の方言は高句麗弁だったのだろう。津軽弁は日本語には思えないから、おそらくアルタイ語そのものかもしれない。一度確認したいものだ。

すでに高句麗、渤海、さらには契丹の言語は失われているが、おそらく訓読みのルーツは高句麗にあると想像される、今後の研究を待つしかない。
[PR]
by sibanokuni | 2009-09-05 10:44 | マヨちゃんの陰謀論

日蓮と王仁三郎

実は出来が悪いので削除しようと思った記事なのですが、コメントが入っていたため削除できなくなり、適当に修正して再度アップします。

さて、このブログでは何回も大本教を取り上げてきたが、結論からいうと、出口王仁三郎を大江山系霊媒衆と考えるようにした。彼等大本教の活動はアジアの平和を守るためアジアワンワールドを作り上げようとする、悪い言い方をするならペテンであり、良い言い方をするなら方便だったのである。
出口なおが突然神がかり、一種の予言を言い出したのは、大江山衆や玄洋社が世界中から集まる情報で、ヨーロッパの支配者達の思惑をすべて知り尽くしていたからである。つまり、ヨーロッパ連合のアジア戦略に対抗するには、アジアが日本を中心としてひとつにまとまるしか方法はないと考えたのだ。目的は手段を正当化するのである。さらに、その正当性は明治天皇の落としだねと言われる堀川辰吉郎を頭にすえることにより揺るぎのないものとなっていた。
その正当性が単なる侵略戦争に成り下がった原因は、裕仁の皇太子時代の西欧訪問にあったことはこのブログをお読みの諸君は十分承知されていると思う。
え?知らない、こまったな・・・・。簡単に言っておきましょう。取り込まれたのである。英国に・・・・。

さて、今日の本題はそれではなく、日蓮であります。
日蓮が立正安国論を時の実力者、北条時頼に提出したのは1260年で、そのときに、邪教を追放しなければ外国から侵略を受けると予言した。つまり、法華経以外は邪教だと言ったのである。
そして1274年、本当に蒙古が襲来するのである。こんな偶然がおきるだろうか。
この日蓮の予言をペテンだと言った人は今まで聞かない、なぜなら蒙古の襲来は現実に起きたのだから。ただし、日蓮の予言とは相違し、蒙古の襲撃は失敗に終わり、がっかりした?日蓮はその後病に倒れる。しかし、この蒙古襲来の影響で北条政権は徐々に勢力を失ってゆく。

問題は日蓮がなぜ蒙古襲来を予言できたかにつきる。一人の僧侶のできることではない。本当に予言なら素直に驚くにして、予言でなく予告だったら誰が日蓮にそれを教えたかである。
歴史は繰り返す。私の考えは、歴史において偶然おきることはめったにないのである。日蓮と出口王仁三郎が国難を前に立ち上がったのは偶然ではなく、大きな役割があったので立ち上がったと思うのである。

長くなったので、今日はここまで。
[PR]
by sibanokuni | 2009-08-25 06:20 | マヨちゃんの陰謀論

修験道廃止令?

まあ、ここのところ明治の廃仏毀釈を軸に寺院と神社を洗いなおしているわけで、意外や盲点だったのは修験道であります。有名なのはもちろん熊野だとか、高野山とか出羽三山などで、ここらも昔からの神仏習合という日本まぜこぜ文化のおかげで、道教なのか仏教なのか、はたまた神道なのか、もはや明治時代の廃仏毀釈が行なわれた時点において判断すら出来なくなっていたのですな。
恐ろしいことに、明治維新の時点で、全国に山伏がなんと17万人もいたという事である。この山伏達に対し、新政府は山伏禁止令を発したのである。
今で言うならトヨタが派遣社員を全員解雇するよりも大きい影響が出たはずだ。

建て前によれば、修験道はあまりにも神仏が習合しすぎ、寺院になるか神社になるかを選択できなかったからであるとされるが、本当にそうなのだろうか。
17万人の山伏が全国を徘徊し、何をしていたのだろうか。もちろん修行なのだから、山にこもり自然を相手に仙人のような生活をしていたとは思うが、それにしても修験道を禁止するとはまた思い切ったことを・・・・。

日本の闇組織としてサンカとともに有名なのが役行者をあげる人は多い。つまり、彼等山伏は明治新政府にとって敵対する組織であったとみるべきであろう。幕府は彼等修験道を天台系の本山派か真言系の当山派に分断し、注意深く監視していたようである。
たとえば、彼等が徳川政府に雇われたお庭番だったとするなら、あるいは、京都公家衆が雇っていた秘密諜報員組織だったとしたら・・・・、などなどの妄想が私の頭の中を駆け回るのですな。はてはて、どちらが誰の味方なのだろうか・・・・。

サムライさんが以前から大江山系霊媒組織の存在を指摘してきたが、この修験道禁止令のあと、彼等はますます表の活動が禁止され、地下にもぐらざるを得なくなったと考える。
明治になり、神祇官が即ち、伊勢神宮がその修験道を禁止し、後に神祇官が廃止されてもその禁止令は廃止されなかった。このあたり、じっくり考えないといけない。

例の明治天皇の落としだね、堀川辰吉郎を応援したのが大江山系、つまり葛城山系であったことは、つまり昭和の初期において彼等は頭山満の配下にあったと考えるべきで、頭山、即ち玄洋社、黒龍会がかなり大胆にこの日本の支配構造を転覆しようとしていたのではないかと考えるのである。

明治の初めに17万人も山伏が存在したと言う事実は、いかに日本人の心の中に山信仰というものが根強く残っており、それは天皇が日本を支配する以前の原始日本の宗教であった道教が、入ってきた仏教を表にまとい、隠れ宗教として民間の中に残されてきたからではないのか。新しい国体を定めようとした明治新政府にとって、万世一系の国家神道を進める上で、どうしても表に出せない事情があったと考えるのが合理的ではないだろうか。
うーん、何の結論も出ないが、日本の闇の支配者を考える時に、この地下のもぐった山伏たちがどのように生き延びたかは、ぜひとも頭の中に入れておかねばならない問題なのである。

廃仏毀釈の陰に隠れ、戦後になるまで世に出れなかった修験道というやや不思議な組織をどう見るのか、私の頭の中はさらにパニックになるのであります。ちなみに、天狗さんも戦前は隠れていたみたいですね。
[PR]
by sibanokuni | 2009-08-19 06:28 | マヨちゃんの陰謀論

堀川氏という存在

「日本を動かした大霊脈」という中矢伸一氏の本を駆け足で読んだ。読みやすいのであっという間に読んでしまいました。で、どうかといえば、明治天皇のご落胤といわれた堀川辰吉郎をどう思うか?そりゃあ、これは事実でしょう。もちろん疑い出せばきりがないけれど・・・・。
っていうか、もう私の頭の中では事実として書き込まれてしまい、昭和の謎の宗教集団、大本教の正体はばればれになってしまいました。
なぜあれほど大本に入信者が集まったのか、なぜあれほどの金を持っていたのか、そして最終的に本山が爆破されるほど弾圧されなければならなかったのか、すべてが堀川氏の存在で説明ができる。私にとってはすべてを合理的に説明できる事が真実なのだ。

やはり、権力者にとって宗教は道具であり、寺院や教会は隠れ蓑である。たまたま言霊あげが商売の出口家が穴太衆の上田家の目にとまり、世界紅卍会の日本支部とするため王仁三郎が派遣された。そのように見たほうが話は早い。(ちょっと乱暴だが・・・)

これらは大アジア構想をもくろんだ頭山満の大いなる陰謀なのだろう。天皇を中心とした大カアンが支配するモンゴル流ワンワールドなのである。各地に派遣された工作員は東南アジア諸国、フィリピン、中国にまで革命を応援し、張作霖、孫文、蒋介石などと連携し、周到に準備を進めていた。
しかしながら薩摩に支配された裕仁周辺は英国式ワンワールドなのである。国家神道というインチキ宗教をでっち上げ、神の支配する大帝国を築くつもりであった。

やはり戦前の日本はこの二つのワンワールドが暗闘していたのだ。悪いことに両者とも「玉」をもっていた。
この事実を歴史から抹殺するため、戦後多くの歴史家や小説家が動員され、まったくわけのわからない正史を書き残す事になったのである。
その中で隠したくても隠せない存在が堀川辰吉郎だったのだ。外国の首脳も、日本の首脳も誰でもが知っているのに、国民は誰も知らない。そんな不思議な話があったのだ。これは小説でも思いつかない。まさに事実は小説より奇なりである。

この「日本を動かした大霊脈」で気に入らないのは、堀川らの精力的な活動を霊脈と名付け、あたかも古代から続く日本人のエネルギーであるとし、今現在、それが日月神示に引き継がれているように書いていることである。少なくとも堀川が今に伝えるのは「いのちの会」であり、それは宗教ではなく平和を望む単なる団体である。はやい話、政治理念であり、理想の国体の表現なのである。
つまり、堀川や頭山にとって、あくまで宗教は道具であり、手段であって、断じて目的ではない。
筆者が日月神示がお好きなのは勝手だが、堀川の理念はあくまで大アジア主義である。彼がおどろおどろしい日本の霊脈と関わると言うのは我田入水ではないかと感じるのは私だけであろうか。

笹川財団が「世界はひとつ、人類は皆兄弟」と主張していたが、好き嫌いは別として、あれは宗教ではなく、昭和天皇に対する正統派右翼の大いなる圧力だったのだ。天皇もさぞかし煙たかっただろう。それが今は日本財団として引き継がれている。これはひとつ研究する余地があるな・・・・。

この本の中に堀川がいかに破天荒で、いかに各地で大事に扱われたか、そしていかに金回りが良かったかが書かれており、彼が間違いなく明治大帝のご落胤に違いないと確信できる多くの根拠がそろっている。
現代の学会なり歴史家が認めても認めなくても私には関係ない。私は堀川辰吉郎を本物と決めた。

さて、問題は中丸薫である。本書の最後のほうに、親族は全員迷惑している。彼女に堀川の遺品はひとつも渡っていないし、密葬にも本葬にも顔を出していないし、娘である事を誰も認めていないという。
ただし、だからといって中丸が偽だとは書いていない。まあ、そんなことはどちらでもいいことだろう。

もうひとつ、あの天才レーサーといわれた浮谷東次郎が堀川の孫だったということで、思わぬ名前に驚いた次第である。(1965年、練習中に死亡した。若い人は知らないだろうが、私は鮮明に覚えがある。)

昨日に続き、書評にはなりませんでしたね。

本日ブックオフにて、「陰謀 宗教法人法改悪の仕掛人 山崎正友」(安部義和著)と、「シルクロードの謎」(前島信次著)、さらに、「修験道と民俗」(戸川安章著)の三冊をゲット。三冊で約500円、うん、安い。
[PR]
by sibanokuni | 2009-08-07 18:15 | マヨちゃんの陰謀論

寺院調査報告(その1)

日曜日、せっかくだからお寺のお勉強をするつもりでネットでサーフィンをしていた。結論から言うなら、とんでもないことだった。お寺を調べる事は日本の歴史そのものではないか。考えてみればあたりまえで、天皇家がひとつなのに寺院は全国に何千もあり、宗派も派閥も限りなくあるのだ。それに一番問題なのは、少しも楽しくないこと。名前は読みにくいし、専門用語はたくさん出てくるし、これを調べ、書き出しても誰も読む気にはならないだろう。こまっちゃうな。

そんな中でいくつかの発見はあった。たまたま円山応挙を調べていて、WIKIに「1766年、応挙は三井寺円満院の祐常門主の知己を得る。祐常は公家の二条家から門跡寺院に入って僧となった人物で、・・・・・・・この祐常門主や豪商三井家が応挙の主要なパトロンであった。」とある。この応挙という画家は例の出口王仁三郎の父、上田家の祖先なのである。三井寺=園城寺と三井家とのつながりはなかなか見出せないが、たまたま応挙のパトロンという線でつながりが露呈したといえる。
日本の財閥で一番ユダヤっぽいといわれる三井家が古代イスラエル部族、穴太衆をバックアップしていたというのは考えてみればあたりまえとも言える。
この三井寺というのは天台宗総本山を名乗っており、比叡山とは歴史的に天敵である。この寺門派と延暦寺の山門派の争いは現在でも収まっていないようである。

さてもうひとつ、聖護院という寺院を調べていた。これは先日のレポートにあったように、堀川辰吉郎を支える京都閥のひとつに上げられていた。
ここで、聖護院をWIKIでみると非常に興味深い事実が浮かんでくる。もともと聖護院は園城寺の増誉が開祖である。彼は1090年、白河上皇の熊野詣の案内役を務め、その功により熊野三山霊場の統括責任者に任じられた。そして役行者が創建したという常光寺を下賜され、これが聖護院の創建なのである。また、代々法親王が入寺する宮門跡寺院として天台宗内でも重要な地位にいたという。どうだろう、ここで、この聖護院と園城寺、さらには熊野、ついでに役行者までつながる。江戸時代、修験道は幕府の政策により、「本山派」「当山派」の2つに分かれたが、聖護院はこのうちの本山派の中心寺院であった。
さらに、さらに、1788年(天明8年)と1854年(安政元年)の内裏炎上に際し、光格天皇と孝明天皇が一時期仮宮として使用していたという。
ここで今ひとつ思い出していただきたい。明治維新を最初に計画したのは光格天皇と水戸藩だという噂をである。その光格と最後まで攘夷を主張し殺害されたといわれる孝明天皇とがこの聖護院の門跡、盈仁法親王とは血縁だったのである。
大本教のバックにこのような勢力が控えていたという事をぜひ頭に入れておきたい。

従来から述べてきた、寺社が支配者であるという結論を変える必要はないが、やはり権力構造はそれほど単純ではなく、敵の敵は味方という原則は生きているし、敵の行う分断政策は外からはなかなかわかりにくいものである。

ああ、くたびれた、今日はここまで。
[PR]
by sibanokuni | 2009-08-02 16:09 | マヨちゃんの陰謀論



ため息ばかりのシバちゃんと、ぼやいてばかりのご主人様、マヨの日記です。
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
以前の記事
フォロー中のブログ
その他、お知らせ。
捏造の日本歴史研究所へどうぞ・・・・http://mayonokuni
.web.fc2.com/
*******
メールでのご連絡は
palio@beach.ocn.ne.jp
へお願いします。
カテゴリ
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧