シバちゃんのため息

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少しこっちは休みます。

「センセー、こんちは。」
「あらま、マヨちゃんじゃないの。今日はどうしたの?」
マヨちゃんはあまりにもお腹が痛いので久しぶりにかかりつけの女医さんとこへ行ったのだった。
「せんせ、胃潰瘍になっちゃった。」、「あらま、ガンじゃないの?」
「さあ、自分の見立てでは胃潰瘍ですね。」
「いっぺん検査しなさいよ。もう歳も歳だし・・・」、「僕が検査嫌いなこと知ってるでしょ?」、「ふん、私も検査嫌いだから、人には言えないけど・・・、最近の胃カメラはずいぶん楽みたいよ。」
「まあ、いいですわ。とりあえず、胃潰瘍を一発で直す薬、ちょうだいな。」
「またまた、検査しなけりゃそんな薬だせないでしょ。」
「・・・・・・・」
「まあ、いいわ。この薬飲みなさい。水もいらないし、いつでも飲めるし、よく効くのよ。もし、この薬が効いたらマヨちゃんは胃潰瘍。効かなかったら潰瘍じゃなくて、きっとガンだわ。やってみて」
もらった薬は「タケブロン」、タケというからには「武」・・・竹内スクネの「たけ」・・・うーん、これは高句麗か・・・?
なんて発想する自分がおかしいが、「今すぐ飲んで見なさい」というのですぐ飲んだ。うーん、口に広がるジューシな味、さわやかな香り、滑らかな舌ざわり、「うーん、センセ、絶品ですな・・」

結論は胃潰瘍のようでありました。つまり、一発で直ってしまった。

うーん、胃潰瘍とは情けないぞ。生活習慣を考え直そう。何か最近神経を煩わした覚えはないか?
「わかった」、加治木さんである。彼の本のおかげで他の研究がまったく進まない。しかし、どうしても読まなければ気がすまない。そんなジレンマでここ数週間悩んでいたではないか。

ということで、加治木さんの本を納得できるまで読み、自分なりに結論がでるまでこのブログをお休みします。
もちろん「マヨの本音」は更新します。再開する時はそちらで必ずお知らせします。
一冊二日で読むから、10日間ぐらいかな?体はもうOKなので、御心配なく。単に時間が欲しいだけなのです。
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by sibanokuni | 2010-02-26 06:13 | シバちゃんのため息

加治木さんへの中間報告

ツランを研究したいとは思うが、なにせどこから手を付けてよいやら・・・という状態であります。先日東京の中村さんからいただいたCDの地図のなかにすばらしい物が載っている。しかし、これがまた全部ロシア語で、テキストなら翻訳可能だが、画像では取り込むことは難しい。では、キーで打てば・・・といってもそのキーがない。
安いロシア語の電子辞書でも買おうかな・・・・。あと、ロシア語の翻訳ですが、いきなりロシア語から日本語へ翻訳するよりも、一旦英語に変換し、それから日本語へ翻訳するほうが修正し易いかもしれない。なんといっても英語なら比較的わかるからね。
とりあえず、目先の難題を片付けないと・・・つまり加治木さんだ。

毎日毎日、ずーっと加治木氏の本を読み続けている。中身が濃いこともあるけど、はいそうですかと言うわけにはいかないところもあるから、何とか彼の弱点を見つけてやろうと思っているのである。しかも5冊まとめて読んでいるから頭の中は大変なのだ。

一番気にかかるのは韓半島の地図がいまいち描けていない事である。帯方郡の場所は他の歴史家と同じく一般的な地域、即ち現在の北朝鮮付近と考えているようである。すなわち遼東にいた公孫氏を滅ぼす時、まさしく公孫氏は帯方郡を占拠していたはずであり、一般的な地図によればそれは遼東ではなくなってしまうのである。私の理解では公孫氏は満州にいたのであり、韓半島には居なかったのだが。
それから卑弥呼が朝貢したのは魏志によれば公孫氏が滅びる直前の238年である。ところが彼の作成した年表には239年、公孫氏が滅びた後に帯方郡へ使者を送ったとしている。事実はこれで間違いないとは思う。しかし、魏志には238年と書いてある以上、なぜそのような書き間違いをしたのかを考える必要がある。彼は中国の史書に誤りはないと断言している。だからこそ邪馬台国なのか邪馬壱国化を明確に区別するし、倭国と俀国はまったく別のものと主張している。
私は景初2年と書いた事を魏志の意図的な間違いと考えている。だからこそ隋書はそれとなく間違いを指摘するため、わざと俀国と書き、さらに「公孫氏を滅ぼすや卑弥呼が朝貢した」と訂正したのではないか。中国の史書が絶対に正しいとは限らないのである。彼の「黄金の女王卑弥呼」を読めば書いてあるかもしれないが、もうこれ以上加治木さんの本ばかり読む気にもならない。

彼の大化の改新と白村江の戦いに関する考察はなかなか見事で絶賛に値する。正直、目からうろこと言ってもいいだろう。しかし、高句麗と唐が戦い、唐は大敗するのだから、実際、唐の援軍がわざわざ瀬戸内海まで進軍し、九州から北上した新羅軍と力を合わせ倭国を滅亡させたと言うのはどうしても納得ゆかない。韓半島のほとんどは空っぽだとでも言うのだろうか。彼は百済の本体は大阪にあり、半島の百済はほんの出先機関だったという。しかし旧唐書のどこにも日本まで遠征したとは書いていない。また、百済は小国で半島の先端にあったという、だとしたら高句麗を攻撃するのに百済を亡ぼす理由は何もなくなる。

彼は九州の鹿児島には高句麗や百済の地名がたくさんあり、高句麗や百済、そして新羅が九州にあり、半島へ攻め込んだと言う動かぬ証拠だとする。しかし、逆もあるのではないか?高句麗の水軍が種子島に集結し、そこから九州へ進出したと言うのもあるのではないか。

日本の天皇と高句麗、百済、新羅の王でどう考えても同一人物がたくさんいるという。これは私も以前から指摘しているが、彼は倭国がそれらを支配していたからだと主張する。しかし、これもまた逆もあるのではないか。

シャカ族はすべて南方から来た仏経伝道集団とするが、同じ様にシルクロードを通り攻め込んできたスキタイ族のやはりサカ族、すなわちシャカ族なのだから、すべてインドから来たわけではないのではないか。

彼は垂仁天皇は高句麗の位宮であると述べている。これが神武だという。これは卓見で、すばらしい。しかし垂仁の次の次が応神天皇になると言う。それはすなわち高句麗族のはずだ。しかし彼は百済だと言う、これは理解できない。

倭の五王と日本の天皇との対応は実に見事で文句のつけようがない。ただし、彼らの君臨した地域、そして属性に関しやや意見が異なる。といっても、彼の意見を否定する材料がなかなか見つからないのも事実なのである。彼は満州地域からの流入をまったく否定しているが、日本海側の各地域に満州地域から渡来しているのは歴史的事実であるから、これを否定して正しい歴史が描けるとは思えない。彼はすべてが南方から来たものとして日本史を完成させようとするが、高句麗、渤海、北魏等が頻繁に日本へ渡来している。

韓半島に日本語の痕跡があることで倭国が韓半島を支配したと決め付けるのはやや無理がある。逆に万葉集には韓国語があふれているのである。ましてや古代、高句麗や契丹の言語は今は失われていて、彼らが原日本語を話していた可能性は捨てきれない。それが日本人が高句麗を支配していたと見るか、高句麗人が日本を支配したと見るのかは歴史を語るものの主観に過ぎない。つまり、同族に違いないのだから。
新羅、百済の出現が謎に満ちていることは確かで、それが列島から出発したのかもしれない。しかし、当時、倭国は列島西部から半島に渡る広い地域をカバーしていたのであり、どちらが始まりなのかは現在の国境を定めたことに原因があり、古代においてそれは何の意味もないのである。

いろいろ書いてきたが、加治木説との相違点を書き出しているのであり、私が絶対に正しいと書いているのではない。とりあえず、問題点を書き出し、今しばらく研究するつもりなのである。
したがって、これが済むまでトルコやツランについて研究する暇が取れない。早くけりをつけたいけど、私の研究の根源でもあるので簡単には済ませられない。
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by sibanokuni | 2010-02-25 06:28 | マヨちゃんの古代史

本国の仇を日本で?

世界情勢に詳しい人なら、現在、トルコの動きが非常に活発なことを御存知であろう。なぜ今トルコなのか・・・・・?

さて、先日から悩みぬいている加治木説だが、私はツラン同盟派で、日本の皇室とトルコ民族とのつながりに非常に興味を持っている。しかし、加治木氏は卑弥呼等はギリシャ出身の烏孫族という。
久しぶりに「邪馬台国エジプト説」などを眺めていて、はやいはなし、太古の昔から、このギリシャとトルコはライバル同士で、ひょっとしてその対立をそのまま日本列島に持ち込んだの?という気もしないではない。あまりにもギリシャからエジプトへの行程が出来すぎなのである。これは偶然ではないと考えるが、いかに?あまりにも面白いので地図だけ貼らせていただきます。(すいませんね)
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さて、サムライさんから明治天皇の崩御した年にトルコでなにがあったのか調べることという連絡があった。
調べてみると、・・・・・バルカン戦争が始まったのである。
① 1912年~1913(大正2)年 バルカン同盟諸国(ブルガリア、セルビア、ギリシア、モンテネグロ)が、イタリア・トルコ戦争に敗れて窮状にあったオスマン・トルコ帝国に対し、仕掛けた戦争。 トルコの敗戦で終わる。 ロンドン条約の結果コンスタンティノープル周辺を除くヨーロッパ域領土の大部と、クレタ島を失う
② 1913(大正2)年
トルコの割譲したマケドニアの分割争いから、バルカン同盟中のブルガリアと他の三国(セルビア、ギリシア、モンテネグロ)との間に起った戦争。 トルコ、ギリシア、モンテネグロ、ルーマニアもブルガリア側で参戦するが、ブルガリアの敗戦で終わり、ブカレスト条約を締結 、この結果、バルカン同盟は崩壊。 この戦争でやぶれたオスマン帝国、ブルガリアはドイツへの依存を強め、バルカン半島は「ヨーロッパの火薬庫」となった。

また、大正天皇崩御の年(大正15(1926)年12月25日)の場合、ヨーロッパにヒットラー、ムッソリニといった新しい芽が芽生えている。アメリカも当時デビューした。ヨーロッパ王室連合は、王室の財産を中立国スイスの銀行に統括。そして、金を裏付けとする固定相場制へ移行する。・・・・とある。

このことがなにを意味するのか?それは私にはわからない。ただ、日本の天皇が崩御した事と、これら遠くはなれた中東やヨーロッパとどのような関連があるのか・・・。

さらに昭和天皇崩御の年は何があったか?wikiで見てみると・・・天安門事件が起こっているのだ、さらにベルリンの壁がなくなった。 チェコスロバキアでビロード革命、共産党政権が崩壊。
12月3日 - ジョージ・H・W・ブッシュ米国大統領とミハイル・ゴルバチョフソ連最高会議幹部会議長兼ソ連共産党書記長がマルタ島で会談し、冷戦の終結を宣言。(マルタ会談)

うーん、天皇が崩御すると世界が動き出す?つまり、日本の天皇家はツラン地域の権益を(いやな言い方だな、その地域の平和を)守る立場にあるという意味だろうか。
天皇家の内部に問題がおきると英国地政学が働き出すのである。
現在世界が大きくうねりだしたのは天皇の健康問題と無関係ではないと言う事だろうか?
私には答えは見つからない。賢明な読者の皆さん、考えてください。

ただ、このトルコとギリシャから海と陸に分かれて世界の東の果て、ジャパンにたどり着き、そこで本国の延長戦をしているとしたら、まあ、しつこい連中だな。いいかげんにしなさい。
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by sibanokuni | 2010-02-24 09:09 | マヨちゃんの陰謀論

やはり、小沢は辞めるだろう。

長崎知事選が終り、民主党にとっては非常に痛い黒星であり、首相も「政治と金」が敗戦の原因であると認めた。7月に予定されている参院選を控え、自民党も背水の陣で相当の努力?をした結果であろう。財界の危機感はいまや最高に達しているのだ。
それにしてもマスコミと検察の作戦が見事に成功したとするなら、国民と言うのは私が考えているよりアホなのだろうか。みのもんたのような低俗なタレントに、こうも見事に洗脳されるのだろうか?

今月号の月間日本が届いた。なんと、あの見事に魂を売った森田実が寄稿しているではないか。彼はかつて小沢氏をヨイショする「小沢一郎入門」という本を書いた事を恥じ、書いた後どうしてもある種のむなしさを感じ続けてきたと書いている。本を売りながら空しさを感じたって?ちょっと無責任じゃないの?
2007年、小沢氏が自民党との大連立に動いた時、国民が裏切られたと感じ、激しい自責の念に駆られ、小沢一郎批判を始めた・・・・と。
そうだろうか?私は少なくとも昨年の6月ごろまで彼の意見は正論だったと思っていた。何より小泉批判をしたためマスコミから追い出され、活躍の場が狭められていたころである。しかし、選挙前に見事に変身したのではないか?この人に理念ってあるの?
さすがに両論併記の月刊日本である、平野貞夫さんが小沢さんをフォローしている。雑誌というのはこうでありたいね。

何人かの読者から今回の長崎選挙の結果に付いてコメントを求められた。正直、私は落胆している。長崎の県民に対しであるが・・・。まあ、民主党の推薦した人の問題もあったのかもしれないから単純にはいえないが・・・。
今後はどうなるのか?
少し前に、私はブログに「小沢さんは5月に幹事長を辞任する予定」と書いた。どうもそうなりそうである。
つまり、予定の行動であり、参院選は新しい幹事長の下で戦うのである。もともと小沢さんは大きな理想を持った人であり、幹事長の地位に固執するようなタイプではない。選挙に勝つため自分が捨石になることは望むところである。今自民党は小沢氏に対する証人喚問を要求し予算審議に応じていない。おそらく民主党にとっても静かな国会審議はおお助かりだろう。自民党は意地を張っても得るものは何もない。ただ、大事な予算審議をすっぽかしたという事実だけが残る。さらに小沢氏が幹事長を降りれば最大の攻撃相手をなくし、選挙の争点も失われる。
鳩山首相もやはり首相に居たくているわけではない。あくまでお坊ちゃまにそれほど働いていただくわけにはいかない。彼も思ったより早く退陣するであろう。参院選に勝ち、自民党を壊滅させることが小沢・鳩山政権の目的なのだから、それを見届ければあとは400名もいるのだから能力のある人は結構いるのではないか。

一日考えた末の結論は、今回の事態は織り込み済みである、という事だ。
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by sibanokuni | 2010-02-23 06:02 | シバちゃんのため息

日本もややこしい?

昨日は体調が悪く、眠くて眠くて、本が読めず、もちろんネットを見る気にもならず、かといって退屈だから「王建」(韓国の大河ドラマで、高麗王朝の建国史)を見ていた。なんと200話もあるので、一年がかりかと思っていたが、昨日で遂に180話まで見た。あと少しだぞ・・・。ただし、主人公の王建(ワンゴン)というのがいまいちパットしないというか、さえていないというか・・・・・スカッとしないんだよね。でもこのドラマは比較的史実に忠実で、ところどころ三国史記や中国の史書などを引用し、「史書にはこれこれこのように書かれているが、このドラマではそうではなく、このように考えた。」とわざわざ解説してくれて、なかなか良心的に作っているのだ。ただし、以前見た、朱蒙や淵蓋蘇文、大作栄(ちょっと字が違うけど勘弁して)などと比べると面白さは少ないな。それだけ忠実に描いたのだとはおもうが・・。
そんな感じでテレビを見ていたので一日中、眠いまんま・・・でありました。反省・・・。

「風の王国」はほぼ80%ぐらい読んだが、夜になって映画主題歌メドレーみたいな音楽番組があり、なんとなくそちらに目が行ってしまい、遂に読みきることが出来なくなってしまった。今日中に読みきることにしよう。
この本は確かに五木寛之が何らかの事実を知っていて、それらをサスペンス仕立てにしたものだろう。つまり、松本清張や、ちょっと名前を挙げるわけにはいかないが、多くの作家は元ネタを誰かから与えられ、それを加工して小説にしているため、どこが事実で、どこがフィクションなのかを十分に知った上で読まなければならない。その点で、読んでいても大変に疲れる作業なのだ。以前、清張の「神々の乱心」でも同様な感じがしたが、彼らも真実を書くわけには行かなかったのだろう。とはいえ、必ずどこかに真実を書き残しているはずだ。

私は昨日この小説のモデルとして西武を上げたが(違うかもしれないので御注意を)、この会社は皇室と深い結びつきがあり、だからこそプリンスという名前のホテルを作れたのだ。つまり、バリバリの体制側の企業のはずである。それがある日突然違法な株の相続が発覚し、堤家は崩壊してしまった。どう考えても、堤家はどこかの勢力につぶされ、大事に預かっていた皇室財産を一般の資本家へ吐き出す羽目になったのである。実に皇室にとっては大変な出来事だったのではないだろうか。この事件をどのように見るのかが我々に与えられた課題なのだが、そのようなことを考えながらこの「風の王国」を読んでいただければ、なかなか興味深いのではないだろうか。

五木さんの考えるサンカは、ジプシーのような放浪の民が日本にもいて、それを明治政府が無理やり捕まえ、強制労働させたり、犯罪者に仕立て上げたという事にしている。私はそのような観点ではなく、サンカはいろいろな勢力に使われる諜報組織だと考えている。だから大江衆、穴太衆、役行者・・・それらはおのおの別のご主人様がいて、水面下で戦っていると思うのだ。そこには風の民などというロマンなどはなく、権力と権力のぶつかり合いがあるだけである。世田谷の一家殺害事件、蟹江町の母子殺人事件、豊明の放火殺人などなど、まったく解決の目途が立たない事件はほとんどがそのような争いが表面化したものと考える。それらを見た警察はすぐに解決をあきらめるのだ。つまり、警察も手が出せないところなのだろう。
やれやれ、日本もややこしいことが多いのだ。私が考えすぎ?そうかも・・・。
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by sibanokuni | 2010-02-22 09:17 | シバちゃんのため息

ちょっとひとやすみ

先日、ある読者の方から「ツラン古地図」のCDと、ついでに五木寛之の「風の王国」をいただいた。小説と言うのを私はあまり読まないが、今度旅行する葛城山近辺の事が書かれているというので、とりあえず、加治木さんの研究は休憩し、そちらを優先することにした。
まさに「サンカ」の話で、明治政府の派遣した県令が奈良と大阪の近郊で行った「ケンシ狩り」で多くの山の民が捕まり、そして強制的に戸籍を持たされたと言うような話である。
五木氏はある程度の真実を知っているのだろうか、まさに秘密結社の存在や、掟などについては読者をゾクゾクさせることだろう。これを読みながら私はおもわず西武の堤さん、あるいは田中角栄、そしてスポンサーたる大河内氏を思い浮かべてしまう。誰をモデルにしたのかは今のところよく分からないが、間違いなく筆者の頭にはそれがあるはずである。
まだ全部を読んでないので、それについてはまた考えてみましょう。
この「風の王国」を読めば誰でもサンカに夢中になるのはうけあいである。私がこの本を読んでいない事の方が不思議だと思われるだろうけど、私は基本的にノンフィクションしか読まない主義で、小説は間違ったイメージが出来てしまう恐れがあり、なるべく読まないようっていうか、読む時間がないのである。

ツランCDはとりあえず数枚の地図を見てみた。恐ろしく美しく、楽しい。ただし、すべてがロシア語で書かれておりさっぱり読めない。どうやって料理するかでとりあえず悩んでいる。せっかくの地図をお見せしたいが、ソフトウェアーの関係で画面の写真をコピーする事は出来ないようである。いずれ何かの方法で紹介したいとは思うが、時間が必要である。
ということで、今日は「風の王国」を読み、CDを自宅のパソコンへコピーしなければならないので、ブログはこの程度で・・・・・。
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by sibanokuni | 2010-02-21 07:01 | シバちゃんのため息

藤原氏の考察

さて、今日は藤原氏に迫ってみる。その前に加治木説を説明しておこう。彼は大化の改新はなかったといい、実は天智天皇の倭国征服の記録であり、その征服の記録は神武の東征に記されているとしている。私も同様に考えていたのでまったく同意するものである。もちろん天智が新羅王、金春秋だと言う点でもピッタリと一致している。ただし、淵蓋蘇文の扱い、その他違う点は無きにしもあらずだが、細かいことはこの際無視していこう。
一番の問題は神武とニギハヤヒの出会いである。これが天智と孝徳天皇に当たるはずだ。しかし、そう簡単ではなかった。
ナガスネヒコは自分の妹をニギハヤヒの妃とし、子供としてウマシマジをもうけていた。そしてウマシマジ(ニギハヤヒ)は神武に降伏し、トビノ・ナガスネヒコは逃げたのである。
これを天智天皇に当てはめると、実は逃げたナガスネヒコが孝徳天皇であり、ニギハヤヒは天智に協力した藤原の鎌足である。そして天智は孝徳の皇后を自分の妃にし、さらにその娘(連れ子?)は天武の嫁となり、その後、皇后が持統天皇になるのである。lこれらの証明はそれほど難しくはないが、「TAIKA」を読んで貰うしかない。ここではそれを証明するのが目的ではなく、藤原氏のことである。

つまり、加治木さんは藤原氏をニギハヤヒ一族だと言っている。そして藤原は「百(ホ)済(ゼ)倭(ワ)国(ラ)」と解き、鎌は「こま」、足「たり=王」で、大阪百済と倭国と高句麗の王だったと言うのである。

おそらくは孝徳は茨城まで逃げ、そこで殺され鹿島神宮に祀られたのではないか。
さて、蘇我氏というのは家系と考えるとわからなくなる。つまり、シャカ族、すなわちスキタイ族と考えるのである。この家系の女が代々倭国の女王を生み出していた。だから天智は孝徳の皇后を娶り、天武は皇后の娘を皇后にしたのである。そして持統天皇、元明、元正と続き、得体の知れない不比等の娘、宮子、そして光明子を皇后として送り込み、代々皇室の婚姻家系になったのである。つまり、藤原氏が蘇我氏に代わり、女性天皇を生み出す家系になったのである。

少なくとも日本を建国した天智も、それをひっくり返した天武も倭国の先住民をなだめるのは女帝を立てなければ納得しなかったという事である。問題は現在もそうなのか?という事だが・・・・、さあ、誰に聞けば知ってるのだろう。しかし、もしそうであるなら男子天皇は誰でもよく(失礼!)、大事なのは斎宮だったのか?
でも現在斎宮はない。どこにあるのだろう・・・・。
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by sibanokuni | 2010-02-20 09:58 | マヨちゃんの古代史

こんな刑事がいて欲しい

藤田まことが亡くなったそうである。数少ない私のお気に入り俳優である。子供のころは毎週家族で「てなもんや三度笠」をみたものだ。「あたり前田のクラッカー」と言っても今の人にはわからないだろな・・・。50年ぐらい前なのかな・・・。

でもその当時の藤田まことをそれほど好きではなかった。やはり、そこそこ年を取ってから渋さをまして・・・、私にとっては「はぐれ刑事」だな・・・・。みなに聞くと必殺シリーズをあげる人が多いが。

前もブログに書いた覚えがある、並みの刑事ドラマはアリバイ崩しとか、犯人との死闘だとか、やはりサスペンスという以上、アクションあり、濡れ場あり・・・が多い中で、はぐれ刑事は逆になんでもない一般人が何かのきっかけで魔がさすとか、巻き込まれるとか、犯罪者を根っからの悪人ではなく、どこにでもいて、ひょっとしたらあなたが犯人になるかもしれないと言う描き方をしている。刑事役の藤田まことがそれをいち早く察知し、できることなら自首させようとする、そんなヒューマンなドラマだったのである。めったにない犯人側から犯罪を描くというめずらしいドラマだったのである。
もちろん藤田まことがそのような人だったわけではなく、あくまで役柄でのことであり、なんとなく彼の本質がそのように見えただけなのだが。

いずれにしてもテレビは恐い。彼が好きといっても彼の演じた刑事が好ましく思えただけなのだ。そこのところはしっかりと把握しないと。タレントが好ましく思え、代議士に選んだとしても、それはテレビのドラマを演じる役柄を信じただけで、その人本人をわかっているわけはないのだ。もちろん彼等に台本さえ渡せばしっかり演じてくれるだろうが・・・。もちろん当たり前の話だが、未だにそれがわかっていないのではないかな。

私はあえて言っておきたい。彼の本性はまったく知らないが、ただ、彼が理想の刑事像を見事に演じることで、あー、日本にもこのような良い刑事が望む人がいるのだと思わせてくれたことに感謝し、現場の刑事がそれを見て少しは参考にして欲しいとおもうのである。
特に東京地検特捜部の人間に見てもらい、藤田まことを演じて欲しいのだ。自分の子供に誇れるような仕事をして欲しいな。
藤田まことの死を聞き、残念だと思いながら、本当にあのような刑事がいればいいのにと願うのである。
どこかのテレビ局が現在の東京地検を描いたドラマやらないかな・・・パロディーだよね。小林稔侍の「税務調査官・窓際太郎の事件簿」なんかがそうかな?現実は違うもんな・・・。検察の人もたまにはテレビでも見なさいよ。自分達が主役なんだよ、本来は悪役じゃないんだよ。
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by sibanokuni | 2010-02-19 08:56 | シバちゃんのため息

途中経過ですが・・・・

一言お断りしておきたい。現在、毎日加治木さんの本を読んでいる、何度も読み、完全に納得したいと思っている。しかし、あくまでも私には私のマヨ理論があり、それに固執するつもりもないが、全部捨てるつもりもない。
要は、すばらしいこの加治木説を読みこなした上で、なんらかのほころびを見つけ、それを追求するなかで、さらに日本史を解明したいのである。卑弥呼が九州にいて、さらには南方から流れてきたとするのは私にとってはキリスト教からイスラム教へ改宗するほどの大転換なのである。しかし、改宗したふりをしてみようというのである。
ただし、天照様が宮古島から来たというのは実に楽しい話で、それなりの遺跡もあることだし、これは当分日本史の前提として考えても良いと思っている。
卑弥呼が九州にいて、それが天照さんと同体だというと、いきなり日本史の年代は極めて浅い歴史になる。かといって、古代から列島にはたくさんの人間が生息していたのだから、単に統一した政府がなかっただけでそれほど悩む必要はない。でも、同体かと言うと・・・やや寂しいな。

加治木氏の歴史は西日本の歴史書であり、日本書紀、古事記の世界である。この世界にウラル・アルタイ語が入ってきた痕跡は認められない。つまり、それは卑弥呼の時代よりはるかに昔の出来事である。なぜなら南方からいろいろな人々が移住してこようが土着していた言語の根本を覆すことはなかったのであるから。
日本が成立したのは天智天皇の頃、670年としているが、そのころ近畿地方の住民は毛人と表現され、ヤオ人とか、イナ人とも言われる。彼らは逃げる必要もないため、言われるままに従ったのだろう。しかし、倭国支配層や大阪・百済国人は必死になって全国へ散ったのである。先日も言ったように尾張はアスカ人の王族が逃げ込んだ地域であり、さらに中央線に乗って、木曽や信州へ逃れたのである。つまり、善光寺とは百済王が逃げ込んだ亡命地だったのである。さらに、仁徳天皇、雄略天皇ら倭の五王、その他、姓氏録に載っていない王家の子孫達はそれぞれ同族の住む地域に逃れ再起を期したのであろう。
しかし、持統天皇がどんでん返しを演じ、日本は再び倭国を再建することになるが、これがおそらく百済朝だったのだろう。つまり、全国に散った部族のうち、百済関係者は勝ち組になり、倭国はいまだ負け組だったようだ。問題はこのあとだな・・・・、平城京の頃には倭国が相当復活したように思えるから・・・。
やはり、持統天皇が天武政権、つまり「ヤマト」を転覆させるには、それなりに旧倭国の軍勢の応援が必要だっただろう。つまり、男性天皇である倭国にヤマトを撃たせたのだ。
うーん、むずかしいな・・・。やはり、キーは光明皇后にある。安宿姫だ。これこそ女大王だぞ。
昨日の話の続きになるが、男性天皇は百済系に受け継ぎられ、祭祀専門の女性天皇はアスカ系で受け告げられたという事かな。とりあえず、今日はそうしておきましょう。
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by sibanokuni | 2010-02-18 09:18 | マヨちゃんの古代史

見えていない天皇とは?

ちょっと思いついたことを書きます。ひょっとすると大変なことかも・・・・。

こんなことが書いてあった、「天照大神は実は男神で、女性の天照大神は本当は「斎王」のことだという説があるが、天智天皇の祖先である位宮=垂仁天皇が、壹與を女王に立てて卑弥呼政権を倒すのに使ったことと一致する。」(謎の天孫降臨と大和朝廷の秘密p108より)
卑弥呼が女王なのに、別に弟王がいたことは魏志倭人伝にも見えているし、それを亡ぼした垂仁天皇は壹與を女王にしなければ国が治まらなかったというのは、倭国には古来より二重支配構造があったのかもしれない。我々は伊勢にある斎宮は伊勢神宮を祀るため、天皇の皇女がそこへ送られていたと教えられている。私は逆に天皇家の人質という考えを持っていた。しかし、これはひょっとすると相当不思議な考え方かもしれないが、我々が現在天皇陛下とお呼びするのは男子天皇であり、これとは別に女の天皇がいると考えてみるのはどうなんだろう。
天武天皇は天智の建てた日本国を乗っ取ってり自ら天皇になり、さらに伊勢に斎宮を置き、女性天皇を即位させ、世の中を安定させようとしたのか?やはり、女性の天皇が必要だったのでは・・・・。

現在女系天皇に関し議論が盛んである。愛子さんが天皇になったとして、過去にも女帝はあったわけで、愛子さんが即位した時点で女系となるわけではなく、愛子さんが結婚し生まれた子供が天皇になるとき女系になるのである。つまり、とりあえず愛子さんが即位すること自体、それほどとやかく言う必要はないのである。なのに、この問題にたいし非常に深刻な受け止め方をするのは・・・・・ひょっとして、日本には我々の知らないところに女性の天皇がいたりして・・・・・。仮に、どこかに女性天皇が君臨しているにもかかわらず、表の天皇が女になったらえらい事になるのではないか?
倭国が転覆して日本が建国され、持統天皇、元明、元正と女帝が続き、その後、聖武天皇以降は男性天皇になる。つまり、このころ倭国の天皇制が復活し、安宿姫が女性天皇になり、それ以降、女系の天皇は万世一系で、男子については怪しげなときもあったのではないか。
持統天皇というのは卑弥呼の「女性天皇の種を持って統べる」と言う意味かも・・・。

南北朝で皇統がズタズタになったにもかかわらず万世一系は保たれたと言っている。足利義満の息子が天皇になったとの話もあるし、明治天皇のすり替え説もある。なのに、自信を持って万世一系を主張する人たちにはなんらかの確信があるのだろう。つまり女系では万世一系であると・・・・。
我々はまぼろしを見ているのかもしれない。先日も王統、皇統の論議があったけれど、誰もその違いを述べる事はできなかった、ただ、全然違うと言うだけで・・・・。
加治木さんは倭国にはインドと同じカースト制があったという。つまり、最高カーストのブラフマンには祭祀者としての女性天皇がいて、クシャトリアとして権力者の男子天皇が。
つまり、宮古島に女帝としての天照大神が降臨されて二千数百年、ブラフマンたる女性天皇は万世一系であったのである。
ほんの思いつきだから、あまり深く考えないで下さいね。
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by sibanokuni | 2010-02-17 06:05 | マヨちゃんの古代史



ため息ばかりのシバちゃんと、ぼやいてばかりのご主人様、マヨの日記です。
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