シバちゃんのため息

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下調べ。「お万」がタカスする。

タカスの調査はなかなか面白いが、いかんせん時間がない。調べてから書いているのではなく、書きながら調べているのだから、どんな展開になるのか自分でもわからない。
ただ、はっきりしているのは「お万の方」の子孫が徳川宗家になり、ついでに皇族にも名を連ねたというサクセスストーリーなのである。
若干めんどうだが、ひとつひとつの裏づけをしてゆかねばならない。面白いかどうかは責任がもてないが、しばらくはその作業に専念しよう。

まずはスタートとして「正木家」から。いろいろ探しても詳しく書いてあるのはここしかない。このHPはいつも感心するが、実によく調べてある。助かります。引用しましょう。

「 正木氏の祖は、相州三浦氏という。すなわち、北条早雲に攻められた三浦道寸とその子義意が滅亡に際して、一子を船で逃し、これが安房の正木郷で成長し正木氏を名乗った時綱(通綱とも)だとされている。しかし、この説は年代的に無理があるようだ。
 一方、『集成正木家譜』では時綱を義意より三代前の三浦介時高の実子としており、「大多喜町史」「東金市史」などはこの説をとっている。三浦介時高は長く実子に恵まれなかったため上杉氏から義同(道寸)を養子に迎えていた。ところが晩年に至って実子弥次郎が生まれ、実子可愛さのあまり義同を疎外するようになった。これを怨んだ義同は、明応三年(1464)時高を急襲して討ち取ってしまった。幼少の弥次郎は船で安房国に逃れて、里見成義に庇護を求めたのである。」
ここで出てくる里見とは、あの有名な里見八犬伝の里見で、お犬様神話で有名だ。ただし、これはあくまで講談の世界で、実際はどうなのかな?
家紋からすると丸に三つ引きだ。桓武平氏とある。これは意外だが、この阿房国は平家そのものだからこれで間違いはないのだろう。
途中の歴史は格別面白くもないが、略するわけにもいかない。

「慶長十一年(1606)の分限帳では、八千石の知行を有し、御一門衆として里見家臣団のなかでずばぬけて大きな知行を与えられていた。里見家改易後は忠義とともに倉吉に行き、忠義の死後は鳥取藩池田光政に預けられ、寛永九年に同地で没したという。一方、時忠の家は時通が跡を継いだ。時通は父とともに各地に転戦した。時通には子が無く、小田原北条氏のもとへ人質となっていた弟の頼忠が安房に帰って養子となった。そして、父時忠、兄時通が相次いで没してのちに家督を相続し勝浦城に住した。
 天正十八年(1590)、里見義康が豊臣秀吉から上総国を没収されて安房一国になったとき、安房に帰り入道して環斎と号した。慶長期には、長狭郡八色村・丸郡平磯村・加茂村のうちで千石の知行地を与えられた。 頼忠には数人の子があったが、人質として小田原にあった時、北条氏隆の娘との間に為春・於万兄妹をもうけた。この於万は徳川家康の側室となり、紀伊頼宣・水戸頼房を生んだ。そのため、兄為春は家康に召されて紀伊頼宣の家老となった。里見家改易後、頼忠は紀伊におもむき、為春の許で一生を終えたという。為春の家は、のちに三浦を称し、紀州藩の家老として幕末まで続いた。」
長くてごめんなさい。これで徳川家康の十一男である松平頼房が常陸国下妻10万石を与えられ家を興す。1636年(寛永13年)7月、徳川姓を賜姓される。つまり、水戸家はここから始まるのである。
さらに、水戸家第六代藩主徳川治保の子、松平義和が高須松平家九代藩主となる。

その高須藩の第10代藩主・松平義建には子が多く、次男は尾張藩第14代藩主・徳川慶勝となり、三男は石見浜田藩主・松平武成となり、五男は高須藩第11代藩主・義比となった後に、尾張藩第15代藩主・徳川茂徳、さらに後には御三卿・一橋家当主・一橋茂栄となった。七男が会津藩主・松平容保で、九男が桑名藩主・松平定敬と幕末に活躍した藩主となった。十男・義勇は高須藩第13代藩主となっている。

さあ、どうです。これで水戸家、尾張、会津、一ツ橋家すべてにお万の方の「お種」が行き渡ったことになる。

そして松平容保ですな・・・・。WIKIから・・・「正室・敏姫は養父(実の叔父でもある)松平容敬の娘。子は松平容大(長男)、松平健雄(次男)、松平英夫(五男)、松平恒雄(四男)、松平保男(七男)。養子に松平喜徳。現在、徳川宗家は直系、徳川慶喜家、尾張徳川家は傍系で、血統上は容保と同系である(四男恒雄の子孫)。」
で、問題はこの4男、恒雄ですが・・・・「日本の外交官、政治家。外務次官、駐英大使、駐米大使、宮内大臣、初代参議院議長を歴任。1928年(昭和3年)、長女・節子(成婚後「勢津子」と改名)と秩父宮雍仁親王の成婚が突如決定する。これは戊辰戦争以降の「朝敵」・会津の復権に役立つ事にはなった」
とある。
あーあ、お疲れ様。しんどいけど仕方がない。要は、紀州家はともかくとして、おおむね徳川家の主要部分をお万が独占したことを説明した。
このことから何かがわかるのか?それは今後の課題です。今日は下調べですよ。
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by sibanokuni | 2010-03-31 10:02 | マヨちゃんの古代史

おまんのかたとは

とりあえず水戸藩から調べてみようか。というのも、御三家だったかはともかくとして、普通ではない役割を担った水戸藩の成り立ちから調べる必要があるのかも・・・。

手短なところでWIKIで水戸藩を見ると・・・「常陸は戦国大名佐竹氏が豊臣秀吉によって支配をそのまま認められていたが、関ヶ原の戦いの際54万石の佐竹義宣は徳川方に加担しなかったため、慶長7年(1602年出羽秋田(久保田藩21万石)に減転封された。佐竹氏の後、水戸には佐倉より徳川家康の五男武田信吉が入ったが(15万石)、翌年1603年に信吉が急死し、続いて家康の十男徳川頼宣が入る。1609年、頼宣の領地が家康のお膝元駿府に移され駿府藩が成立すると、頼宣のあとに同母弟の家康十一男徳川頼房が25万石で入った。」・・・いずれにしても10男、11男だって、すごいな!

まず、「お万の方」が生んだんだよね。調べましょう。

「 勝浦市史資料編から引用
 養殊院は徳川家康の側室で、上総国の正木邦時(頼忠)の娘である。のちに蔭山長門守氏広の幼女となっ たとも伝えられるが、明確ではない。しかし、「蔭山殿」と呼ばれていたことを考えれば、蔭山氏に寄寓したこ とはほぼ疑いないところであろう。紀州藩祖である徳川家康の第十子徳川頼宣および第十一子水戸藩祖  徳川頼房を生んだ。元和二年(1616)家康没後に剃髪して、養殊院と称したとされる。
 この日に至るまで、確実な資料の上では養殊院の名が確認できない。天正八年(1580)に起こった「正木 憲時の乱」によって「お万布晒し」の伝承が生まれているが、史実かどうかは明らかでなく、彼女の幼年から 成人するまでの動向を知ることは、かなり困難であるといえよう。なお、養株院の兄は三浦為春である。為  春は、慶長初年に正木の家名を三浦と改め、同九年に長福丸付となった。三浦家は、のちに紀州藩の家老 となっていった。」
このお万で特記すべきことは、相当な日蓮信徒だったことだ。

さて、もう一度高須藩を見てみると、「、第10代藩主・松平義建には子が多く、次男は尾張藩第14代藩主・徳川慶勝となり、三男は石見浜田藩主・松平武成となり、五男は高須藩第11代藩主・義比となった後に、尾張藩第15代藩主・徳川茂徳、さらに後には御三卿・一橋家当主・一橋茂栄となった。七男が会津藩主・松平容保で、九男が桑名藩主・松平定敬と幕末に活躍した藩主となった。十男・義勇は高須藩第13代藩主となっている。」
ところが、高須藩は九代目を継いだのは水戸治保の次男、義和であり、結果、水戸家は一橋家、尾張家も手に入れている。徳川慶喜が一ツ橋家出身といっても「お種」的には水戸納豆なのである。

ようは、水戸藩、そして紀州ともに「お万」から始まり、幕末にはその血筋が徳川全体を支配したといえよう。

別の資料からもう少し、お万は「天正5年(1577)勝浦城主正木頼忠の子として生まれました。幼名を養珠といい、父母の慈愛を一身に受けて育ちました。北条氏が滅ぼされると、その支配下にあった勝浦城も家康の派遣軍に攻められ落城。14歳のお万の方は、母と一緒に40メートルもある八幡岬の断崖に白い布をたらして海にのがれました。一行は、母方の住む伊豆に身を隠しました。流浪の旅の行く先々では、お万の美しさとかしこさは、村人たちの目をみはらしました。その後縁あって、お万の方は家康に見染められ、側室となり二子をもうけました。一人は後に紀伊家を創設、もう一人の徳千代は水戸家の祖徳川頼房となりました。水戸黄門で知られる光圀はお万の孫にあたります。」

なんと、出自は北条氏系なのである。家康に亡ぼされたはずの正木一族(北条氏?)が300年かけて徳川幕府を終わらせたのである。ん?偶然?

さあ、タカス族が存在するとしたらこの「お万」しかない。家康は無類の人妻好きとか・・・、お種を仕込んだまま側室となり、そうとも知らず家康はお万の子供を要職に付け、時代が下るとともに知らないうちに全部を乗っ取ってしまうのである。

この考察は怖いな・・書くの止めようかな・・・・。
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by sibanokuni | 2010-03-30 06:23 | マヨちゃんの古代史

高須は松平?

昨日取り上げたタカス族というのは落合氏も半信半疑の話であるし、その後、その件には触れた気配はない。
というより、現代にも影響を及ぼしかねない事柄を含むため多少遠慮があったとも想像してしまうのである。

しかし、美濃高須藩松平家があの秩父宮妃、松平勢津子妃殿下を出した松平恒雄につながり、さらには徳川宗家の当主、恒孝の実祖父になったのである。しかし、それは尾張藩から知らないうちに水戸家に移行していたのだった。この経過を説明するのはなかなか大変。もちろん、WIKIでひとつずつ追っていけばつながっていくが、もとより正規な系図が正しいとは限らないし、時間がいくらあってもキリがない。
ここはなぜ松平なのか?から考えてみよう。
徳川が松平姓を徳川に変えた理由はいまいちはっきりしないが、単純に考えれば松平ではなかったからだろう。おそらく松平の当主が突然死に、困った松平家臣団が家康に頼み込み、すりかわったのである。もちろん家康が松平を殺し、乗っ取ったという考えもありで、長男と正室を後に殺しているのだから、むしろその方が可能性が高いのかも・・・・。そして昔、現在の豊田市は西加茂郡と呼ばれ、いわゆる賀茂氏の所領だった。また、美濃も美濃加茂市があるぐらいで、やはり賀茂氏である。おそらく賀茂氏というのは皇室との関係が極めて深いから日本建国以前の支配者支族だったはずである。やはり、現在まで松平氏が残っているのは徳川家とは混じっているように見えても、別にその主家としての血流が保存されていたと見るべきではないか。つまり、徳川家は実は松平家の家臣であり、実質は松平家の裏支配であったと・・・。
徳川の出自はこれまでも何度も考察してきたが、徐々に精度を増してきて、やはり今の段階では単にトーナメントを勝ち上がってきた運の強い武将だったという偶然説よりも、新田の血を引く天皇のお庭番的な存在だったとするほうがマヨ理論に合致するようだ。つまり、偶然ではないのである。

秩父宮妃は松平姓で、高松宮妃は徳川姓である。しかもお互い親戚で、しかも徳川宗家とも密接につながっている。一時は朝敵になった会津藩主が明治以降名誉を回復し、皇族の外戚になっていくのである。
これを「タカス」の手法とするならかなりすごいし、この話は深く秘さねばならぬだろう。(殺されるぞ・・・・)
確信は持てないものの、家康が徳川家が立ち行かなくなったら水戸家から主君を出すよう遺言したのは、表に出せない深い理由があったことは間違いない。そこにおそらく家康の出自に関わる大きな秘密が潜むのではないか。
難しすぎて・・・・・何を書けばいいのかわからないが、考察は続けましょう。
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by sibanokuni | 2010-03-29 06:15 | マヨちゃんの古代史

タカス?

さる方から月刊日本に連載中の「疑史」をまとめて冊子にしたものをいただいた。この落合莞爾さんの連載は日本史の常識を覆すほどのインパクトがあり、いわば誰も書かなかった日本近代史なのである。しかしこの著作が出版される気配はなく、あるいは逆にマイナーな月刊誌だからこそ発表できるのかもしれない。
その冊子を読んでいたら「あれ?初めて読むな・・・」という話がある。と言うのは私はネットで公開されている「疑史」は一応全部読んでいたはずなのに・・・、あれ?と思って調べてみると、「疑史 38回」から「40回」に飛んでいて、今「?」と思った「39回」は収録されていないのだ。たまたまかどうかはわからないが、本来は「アヤタチとサンカ(5回)」がその中身であり、その回だけ飛んでいるのだ。
内容は、落合氏の元に届いた手紙に書かれていた「タカス」という部族に触れたものである。この「タカス」は私の「お種理論」とも密接に関係してくるのでちょっと無視できないのである。
その「タカス」の基本戦略は、結婚制度と血統関係を巧妙に利用するもので、近親同士の婚外婚により純潔を保存し、正式な結婚はむしろ混血児を作ることに目的がある。すなわち族外に嫁したタカス女には、夫の子を産む事を禁じ、密かにタカスの種をはらませ、生まれた混血児を何も知らない夫に育てさせる(これを托卵という)。
また、タカス男に嫁いだ一般女性は一子を産んだ時点で消され、生まれた子供は洗脳されて母の実家の財産を収奪する役割を負う。タカス男がはらませた一般娘を名家に嫁がせ、あるいは資産家の嫁にタカスの種を付けさせ、混血児が育った頃を見計らって出自をつげ「タカスのために働け、さもなくば・・・」と脅迫する・・・というような恐ろしいやり方だと言うのである。

昔から、有力者が手をつけ、種を付けられた娘を部下に下される習慣があったと聞くが、鳩山由紀夫の出自に関し、私は一般とは違う見解を持つのは、まさにこの托卵があったと信じるからである。また、歴史に残る系図が正しいとは限らず、断絶したはずなのに続いていたり、正統に見せて実は入れ替わっていたり、実際にDNA鑑定をしない限り、本当の事は誰にも分からないのである。

今回の「39回」がネットであえて公表されていないのは、この部族が実在で、あまりにも生々しい内容なので多少はばかりがあった可能性がある。なぜなら「・・・クリニック」じゃないが、中部地方に「タカス」は実在しているし、著者の考えでは尾張徳川家に関連しているからである。
この件は長くなるので・・・また続く。
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by sibanokuni | 2010-03-28 08:41 | マヨちゃんの陰謀論

ぶっ飛び、「蘇我氏の物語」

月のひつじさんからお借りしている宗像教授の本を読み、マヨちゃんよりぶっ飛びだねといったら、いやー、マヨちゃんのほうがぶっ飛んでますよとのことだった。いやはや・・・そうなんだろうか、私はずいぶんおとなしく書いているつもりなんだけど・・・・。

私が今ぶっ飛びで考えているのが倭国は女帝が支配しているというお話。でもなかなかむずかしい。一歩ずつぶっ飛びましょうか・・・・・。

天照、即ち卑弥呼の時代、倭国に大乱がおき、卑弥呼を共立してようやく騒ぎが収まったとある。つまり、倭国がいくつにも別れ、各国が相談し遂に卑弥呼を擁立することでようやく大乱が治まったのである。
これが180年ごろのことで、鮮卑の壇石塊が倭に侵攻し多くの倭人を連れ去った事件が中国史書にあり、おそらくそのときのことだと考えている。もちろん加治木説を取るなら九州・鹿児島で起きた事件なのだろうが、あいにく私は倭国韓半島説なので、若干意見が合わない。いずれにしても倭国には間違いなく女王の卑弥呼と男王の倭王がいたのである。そして卑弥呼が殺され倭国は再び乱れた、そして男王は壱與を立て乱がおさまる。つまり倭国は女王がいなければまとまらなかった。これはおそらく事実だったと思われる。
加治木さんは女王国は仏教国とするが、卑弥呼の姿を思い浮かべると私としては道教のほうがにあっていると感じるが、残念ながら確証は得られない。

さて、天智天皇は日本を建国した時、逃げていった孝徳天皇の皇后を自分のものにした。っていうか、日本を建国するに女王がどうしても必要だったのである。当時の女王を生み出していた家系は代々蘇我氏であり、その天智の皇后は蘇我倉麻呂の娘で遠智娘(おちのいらつめ)である。系図では天智との間に太田皇女、鸕野讃良皇女などを生んだとされるが、どこまでが本当かは誰にもわからない。天武は天智朝を亡ぼした後、やはり女王を自分のものにする必要があった。それが後に額田姫のロマンス物語として残ったのであろう。まだ研究は始まったばっかりだが、とりあえず少しだけ書いてみようか。少しだけぶっ飛びです。

物語は額田姫が若き不比等を自分の側近に選んだ事から始まる。無名の文官だったのである。
「不比等や・・・」、額田姫は側近の不比等に声をかけた。
「はい、お姫さま」
「お前は蘇我の血を引くというのは本当かえ?」
「姫、声がたかいですよ。ほれ!この金のペンダントが動かぬ証拠、パンダマークが品質を保証しています。」
「あやまあ、上等じゃの・・・、でも、それって引越しのサカイのマークじゃん。まあいい、同じようなものだて、お前には重要な役目があるのじゃよ。この国はだな、蘇我の血を持つ女王がいないと成り立たないのじゃ。男の王など誰がなってもいっこうかまわぬ。女の血が重要なのだよ。」
「え?よくわかりませぬが・・・」
「わからんでもいいわ。遺伝子工学のベトコンなんたら・・がだな・・・」
「それをいうならミトコンドリアかと・・・」
「えい、うるさいわい。私は文科系だから難しいことはどうでもいいんじゃい」
「はい、なんでもいいじゃんね。」
「とにかくお前に断絶している藤原という家名を与える。至急あたいのお庭番を組織してちょ」
「お庭番といいますと、やっぱしお庭の手入れだとか、宮殿周りの掃除ですか?」
「ちゃう、ちゃう、私の言いたいのは女王陛下の007だがね」
「そりゃあ姫、名古屋弁だがね」
「おっと、里が知れるな。お前もテレビや映画で見ただろうに・・」
「はい、女によくもてるあれですね・・・」
「そうそう、浜美枝・・・ちゃうちゃう、そうじゃない。あれはあくまで映画じゃろうが・・・」
「あ、わかりました。ようは草組織ですな。」
「そうそう、それじゃそれじゃ。私の思ったとおりに動く人間がいるんじゃ。」
「で?何をするんでしょうか?」
「まず、お上を殺せ。」、不比等は天武天皇の怖さを知っていた。
「うっ!姫、なんてことを・・・」
「よいか、私は蘇我のお種を腹に宿したまま金春秋に抱かれた。あの羽毛田じゃなかった天智に抱かれた。大海をそそのかせ天智朝を亡ぼしたら、今度は大海は私と、私の娘を寝取りやがった。なんとまあ野獣のような奴なのじゃの。」
「確かに倭人にはあまりいないタイプですね。」
「そりゃそうさ。金春秋は日本を建国する時に彼を利用したつもりだったが、そんな利用されるたまじゃないわな、あやつは突厥族出身で蛮族じゃけんね」
「姫、言葉がちゃらんぽらんですが・・・」
「ほほほ、私は韓国語のほうが得意でな、名古屋弁もいいけど、いろいろ混ざっちゃってさ・・・、亭主に影響されるんだわさ。」
「ほんで、お上(大海)を殺してどうするんですか?」
「それでだ・・・、お上が死ねば当然私の娘がお上の座に着くじゃろ、ほんで草壁はパスして、その娘に後を継がせる。その頃までにお前は全国から一族の血を引くものを養子にするんじゃ。その一族は蘇我じゃないとだめじゃぞ。そして私の娘の子、軽(のちの文武)に嫁がせろ。必ず第一皇女を女王にし、男はどれでもいいわ。とにかく女王の血を絶対に絶やすでないぞ。わかったか?」
「えー?よくわかりませんが、とにかくお上を暗殺すればいいんですね」
「まあ、そういうこっちゃ」

というわけで天武は殺され、表向きはともかくとして、少なくとも持統天皇から孝謙(称徳)天皇まで女王が日本を支配したことは間違いがない。ただし、弓削の道鏡の事件以降、やはり女王は祭祀に専念させるべきだとの意見が多く、政治は男が、祭祀は斎宮に女王を隔離させたほうが良いとの結論になったようだ。めでたしめでたし・・・・。

今回言いたかったことは古来より女王国たる倭国は蘇我氏の娘が祭祀を司り、その婿が男王だったのである。天智がその蘇我氏を追放するも、女王を残さざるを得なかった。その女王は天武となる大海人をたぶらかし天智朝を亡ぼさせ、そして役目を終えた天武は殺される。そして蘇我氏が藤原氏として再び日本を支配することになる。歴史の表から完全に消された蘇我氏は持統天皇が編集した日本書紀のなかで藤原氏として再出発したのだ。
藤原氏の出自は不比等の出自に尽きる。結局、持統天皇が日本書紀を改修した理由は、天智に亡ぼされた蘇我氏を藤原氏として永遠に皇室の婚礼家系となるよう整合性を取ったところにあったのでだ。
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by sibanokuni | 2010-03-25 06:12 | 小  説

事業仕分けは売国政策?

さて、おなじみ月刊日本の4月号が昨日届きました。「民主党の暴走を食い止めるのは国民新党だ」と亀井さんは相変わらず元気が良いし頼もしい。確かに国民新党が連立政権の中で重要な役割を担っている。
民主党の安全弁として実に良い味を出してるのではないかな。

鈴木宗ちゃんが日米密約に関する記事を寄稿しているが、それよりも彼が竹島問題で質問趣旨書を政府に出し、それの回答も掲載されている。外務の専門家だけに現政府にも結構手厳しい。私個人としては竹島問題は「解決しない事で解決した」と思っているから、それほど事を荒立てる事はないと思うが、まあ、これは信条の問題で、北方領土命の宗ちゃんだからこそだろう。まあ、いいっか。

今月号で目に付いたのは例の有名な?植草さん連載の「小泉竹中改革の破綻と政治の新潮流」⑩だった。この中で、なぜ検察が小泉に逆らえなくなったかの理由に先日出所した三井環氏の「検察裏金告発」事件を取り上げている。まあ、この件はネットでも散々論じられているからそれほど目新しい話ではないが、それでも三井氏を国会に呼び検察を参考人として詰問すればいいのにと思うな・・・。
単に裏金問題を政治的にもみ消してもらっただけで小泉に頭が上がらなくなったとしたら、検察というのもスケールの小さなお役所なんだな・・・、それだけとは思えないが。

まあ、それよりも三宝会の話である。これは小沢を危険人物として、彼を封じ込めるため竹下元首相の指示で作られた秘密組織であると言う。最高顧問に竹下登、世話人に高橋利行読売世論調査部長、後藤謙次共同通信編集委員、芹川洋一日経政治部次長、佐田正樹朝日新聞電波メディア局局長付、湯浅正巳選択出版代表、福本邦雄(株)フジインターナショナルアート社長(いずれも当時)などが名を連ねたと言う。・・・・これらは平野貞夫氏の著書「わが友・小沢一郎」に書かれている話らしいが、現在小沢バッシングはまさにその秘密組織がいまだに継続して活動している事を示している。さすが、自分もそれらにはめられた植草さんだけに迫力のある記事になっている。ぜひご覧いただきたい。

さて、稲村さんの「気炎万丈」も毎月チェックしている記事である。今回は民主党の「事業仕分けが売国路線に過ぎない」と言うタイトルだ。ん?そういえば先日山崎行太郎氏もブログでそんな事を書いていたっけ。
実は私は自民党の「財源はどうするんだー?」に対する回答が事業仕分けであり、これを推し進める事で無駄な税金の使い道をただし、財源の確保と消費税論議を封ずる一石二鳥だと期待しているのだが、なるほどね・・・、色々な見方があるものだ。すなわち、小泉が進めたような公共事業費や医療費削減の二の舞になるという警告なのだろうか・・・。引用しよう、「事業仕分けは財務省のシナリオの上での仕分けに過ぎず、小泉・竹中の構造改革論を支えた外資のコンサルや銀行マンがその事業仕分けを仕切っているのだから、依然として現政権の一部勢力が新自由主義の売国路線の延長線上にあるのは一目瞭然である。」
つまり、事業仕分けを右からと左からと見るとするなら左側の目線なのである。具体的に、その一部勢力を誰をさしているのははっきりしている。私としては「そう言わず、もう少し見てからでいいじゃないの?」という立場なのだが・・・・。「やるまでもない」ということかな、手厳しいね。

私は鳩山首相の「税金の使い道を替えるのだ」という主張を信じている。(とりあえずですけどね)国民としてもやはり税金の使われ方に注目し、不必要な歳出カットがなされないよう監視しなきゃならないという事だろう。私は昨年の事業仕分けには一定の評価をするし、特殊法人の事業仕分けには大いに期待しているのだが、このような意見もあることを念頭に置き、さすが政権交代しただけのことはあるなと思わせる仕分けをして欲しいものである。この件はもうすぐ行なわれる仕分けの結果を見てからもう一度考えてみましょう。

佐藤優氏の「太平記を読み解く」も毎回教えられることが多い。今月は新田氏で、世良田の地名が出てくる。また、新田氏の同族が越後に多いという事実も私にとっては大いに参考になる。家康の本当の出身地と言われる世良田に潜む謎の原点がこのあたりに存在するのである。つまり、新田の「源氏お種度」も尊氏には及ばぬもののたいしたものだったのだ。

さて、たくさんの記事があるので今日はこのぐらいにしておきましょう。落合さんの記事はまだ読む暇がなかったのでまた今日ゆっくり読みましょう。
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by sibanokuni | 2010-03-24 06:23 | シバちゃんのため息

またもや茶番劇?

下に追加記事あり。

テレビやネットで民主党副幹事長である生方氏の解任に関する記事が多い。マスコミは民主党内で反小沢派が勢い付いているように強調し、このことで民主党の支持率が益々下がっていくだろう見たいな描きかたをしている。そしてネットは反自民的な言い方で生方氏の反乱に何ら理がないとする書き方が多い。

誰が考えても、執行部の幹部である生方氏が、党外部に対し執行部の批判を唱えるようなことが許されるわけがない。プロ野球でもコーチが監督を批判すれば即刻クビになるのは当たり前である。解任で済めばやさしいほうで、へたをするなら民主党から除籍されても文句は言えないだろう。であるなら・・・・、これは誰が見ても茶番劇である。
いわば変化球?自民党が鳩山邦夫でゆれているのを見て、この際、民主党も一芝居打ったと見るべきではないか。
いいですか、今の民主党は過去に経験したことがないわが世の春なのである。それをわざわざ党を割って、敵である自民党を助けるようなこと、常識のあるものなら考えるわけがないのである。今はとりあえず参院選に向けてひとつにまとまらなければならないのだ。さすれば、生方氏の役割はといえば・・・・、言ってみれば観測気球みたいなものかな?一芝居打って、同調者が出るかどうかを見極めるのが目的であろう。新聞記者がインタビューし、その答えを分析すれば自ずからその議員の資質は見えてくるのだ。自民党も同じことである。逃げたいものは早く出て行って欲しいのだ。鳩山弟のおかげでむしろ自民党は不協和音が収まりつつある。つまり、あれも自民党のやらせの疑いが濃厚である。民主党も同様に、執行部や政府に関与できないことで不平をもらす分子をこの際黙らせるために、積極的に対立を煽ったのだ。その程度の茶番劇に我々が惑わされてはいけない。単に内部の引き締めだったのである。
政治とは駆け引きである。見えていることに真実など絶対にない。あほらしくて論評する気にもならない。

****追加***

と書いて、午後のニュースを見たら、「もう一度やって欲しい」だって?おいおい、国民を馬鹿にしてるんかい?あほらしくって・・・・・あぜん。
今さら書いた記事を変える気にもならず・・・、筋書きもクソもないね。考えただけ損した気分。茶番以下でした。
ようは、生方さん、かまって欲しかったの?どうでもいいやね。
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by sibanokuni | 2010-03-23 13:41 | マヨちゃんの陰謀論

読んでびっくり

昨日は弘法さまへ行くつもりが、テレビ映画や撮ってあった番組を見たりで、結局出かける事を中止してしまった。ひつじさんからお預かりしている宗像教授はとりあえず第一巻は読み終わった。マンガとは言え、かなり読み応えがあり、普通のマンガより時間が掛かるな。一番最初の「白き翼」はよく出来ている。ヒッタイトの鉄器文化が神話・伝説を伴いながら世界に広まり、その伝わる経路に白鳥処女説話が残されたという仮説なのだ。もちろんこの本はフィクションであり・・・・、と断りが付いているので、信じる必要はない。ただし、「マヨ理論」と同じで、本人は真実だと信じている話にフィクションで肉付けしている。逆に言えばフィクションではあっても作者が伝えたいのはそのストーリーの中に埋め込まれた真実を知って欲しいと言う事だろう。問題は上手にストーリーを作っているので、フィクション部分と真実部分が区別出来なくなることだろう。
白鳥に付いては少なくとも本人は真実と思って書いている気がするし、なかなか面白いと思う。

私の書いている小説は自分としては真実を書いているつもりで、どうしても不明な部分を憶測で埋めると言う方法を取っている。宗像教授は「問題提起部分」は私と同じだが、後はやはり漫画家としてのサービス精神が大きいかな?ただ、著作として膨大であるだけに作者にはかなりしっかりした歴史観がある様に思われる。全部を読まないことにはわからないが、追々考察することにしよう。それにしても良くぞこれほどたくさんの仮説を考えるものかと感心してしまう。
私の読者の中にこの星野之宣氏のファンが少なからずいる事を知り驚いた。私に劇画を書く才能があったり、長編小説を書く力があればきっと同じ事をしたと思う。歴史の真実を追究しブログで書くより、小説や漫画に描く方がはるかに説得力があるし、最後は「フィクションですから・・」と逃げればケンカする必要もない。うーん、星野氏は賢いな。それにしてもひとつの疑問に対し、あっと驚く仮説を立てている点、なかなか出来ることではない。とりあえず、読んでビックリしたとお伝えしておきましょう。
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by sibanokuni | 2010-03-22 07:07 | マヨちゃんの古代史

第?回研究会の報告

第?回の歴史研究会が開催され無事終了しました。月のひつじさんは非常におとなしい方でした。(姫さまがおとなしくないという意味ではないですよ・・・)会の会長である私と、副会長の姫さまが一方的にしゃべりまくるだけで、よく考えたらひつじさんは聞く一方だった気がしますね。反省・・・・。
研究会とはいえ、時間的にはそんなにあるわけではないので、早い話親睦会のようなものでした。それでも1時から5時まであっという間に終了しました。
終ってみて「何の話をしたんだっけ?」ということでしたので、月のひつじさん、またやりましょう。今度はもう少しテーマを絞りましょうね。今回はもっぱら「愛子」さんの話でした、といっても別に私もそれほど情報があるわけではなく、もっぱらマスコミに垂れ流されている情報を交換し合った程度です。それよりも、月のひつじさんは星野之宣氏のファンで(姫さまも同じみたい・・・)、その関係で今のご主人と出会ったのだそうです、ご主人は若くてカッコイイですよ。ほんでもって、星野氏の「宗像教授伝奇考」を始め大量の本をご持参いただき「ぜひともマヨさんに読んでいただきたい。」とのこと。読みますとも・・・。

私はマンガをバカにしているのでも嫌いなのでもなく、むしろ大好きだからこそ読まないことにしているのです。漫画を読むと普通の本が読みたくなくなるからで、昔は夫婦で漫画喫茶に入りびたりだったこともあるのですよ。ただ、映画と同様、あまりにも影響が大きいので出来る限り活字で情報を得た方が頭で考えるくせが付くと思うだけです。視覚で情報を得る事は読むよりもはるかに頭に入りやすい分,注意が要るということです。私達全共闘世代は「カムイ伝」を読んでいますね、手塚氏の「ブラックジャック」、横山光輝の「三国志」、あるいは名前は忘れたけど「史記」はよかったな・・・。
この星野氏の本はさっそく読みます。姫さまも全部そろえているそうですからきっとためになるのでしょう。
先ほど第一集を少し読みかけましたがなかなかいい感じ。しばらくはこちらに集中してみます。

毎週土曜日の午後は店が暇なので退屈しています。名古屋へおいでの節はどうぞお越しください。
ひつじさん、遠いところありがとうございました。姫さままたお願いします。
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by sibanokuni | 2010-03-21 06:20 | シバちゃんのため息

歴史研究会開催!明日マヨカフェで

明日、わがマヨカフェに月のひつじさんと姫さんが来ることになった。久しぶりに歴史研究会の開催である。
一年以上やってないな・・・。午後一時過ぎに集まることになっている。もし名古屋中心部に来ることができる人はご連絡ください。何もございませんがコーヒーぐらいはご馳走しますよ。

明日のテーマは「古代に貝殻が貨幣だったのは本当?」と「天照は卑弥呼だったの?」などなど、いったいどんな事になるのか?

お楽しみに。
なお、参加は自由です。場所等は連絡しますので非公開コメントでメールアドレスを送ってください。会費はいりません、お土産もいりません。ご遠慮なく。
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by sibanokuni | 2010-03-19 06:21 | シバちゃんのため息



ため息ばかりのシバちゃんと、ぼやいてばかりのご主人様、マヨの日記です。
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