「神々の乱心」下巻のお話
さて、この本を読んでいない人に感想を述べても仕方がないし、いまさらお奨めする必要もないだろう。でも、巨匠、清張の最後の小説をせっかく読み終えたのだから、自分のために記録としてここに残し、後日の参考としておこう。
あらすじを詳しくは言うまい、この本にいかほどの価値があるかが問題なのだ。つまり、上原元帥から大連阿片事件の調査を命令された吉薗周蔵は奉天特務機関の逸見十郎太にそれを頼み、その結果がなぜか清張の手に入り、それを材料としてこの小説を書いたのだ。その報告書が出された結果、原敬が暗殺されるほどの内容があったはずである。 表の主人公は日本国内で起きた連続殺人事件の捜査をする特高の係長吉屋で、名前からして吉薗を連想させる、しかし、現実の主人公は奉天特務機関、逸見である。本の中で彼は秋元伍一と名乗り、阿片の横流し現場に接触する。問題は、この阿片事件の本質は、莫大な利益をどのように政友会の原敬に渡したかということと、阿片と大本教との関わりである。 清張は満州で大本教が爆発的に勢力を伸ばした理由を知ったはずだし、逸見十郎太の双子の兄弟である牧口常三郎がなぜ日本皇道立教会を設立したかの裏側を理解していたと思う。しかし、たまたま当時、皇室をゆるがせた良子皇后入信事件に話をずらし、本質を見えにくくした。この新興宗教事件は「大真協会」へ良子が興味を示した事件だが、実際は入江侍従長と大正皇太后の女官、今城との確執に過ぎなかったようだ。 今ひとつ、島津治子の「神政竜神会」の話も極めておもしろいく、こちらの可能性も捨てがたいが、清張はおそらく前者を頭に入れ創作したものと思われる。 小説では秋元(逸見)は大本教の活動を知り、宗教ほど儲かるものはないと考え、吉林近辺で新興宗教の巫女をたぶらかし日本へ連れてくるとなっている。これは清張の創作であろう、しかし、現地で行なわれていた宗教儀式はおそらく大本教の行っていたことを正確に描いたものではないだろうか。 地下の祭壇には阿片の香りが充満し、そこで巫女に神が乗り移り、自動筆記されたお告げが信者を圧倒する。おそらくその際、信者を催眠状態にするために阿片が使われたのであろう。 これは想像だが、現在の新興宗教でも、おそらくオームなどでも信者をたぶらかし、恍惚状態にするには大麻や阿片が使用されているのではないだろうか。私の偏見だが、宗教はセックスと麻薬だと思っている。 私はこの小説をサスペンスとして読んだのではなく、この中にどれぐらいの事実が書かれているかを読んだのである。したがって、結論としてはやや物足りなさを覚えた。しかし、おそらく限界だったのではないか。 清張も人の子、いくら余命が少なくても文芸春秋社に迷惑のかからない限度を本能的にわかっていたのだろう。 清張がもっていたという逸見の報告書がいつの日にか公開されれば一番望ましいのだが・・・。 なにやら「天使と地獄」の映画と似たような結論になってしまったが、期待が大きすぎたといえばそれまでか。でも、大正時代の満州の状況が清張さんの文学的な写実により、あたかも奉天の、あるいは吉林の街にいるかのごとく体験できたことは貴重であった。43ページの極秘報告書を元に、一本の小説を書き上げる清張さんはやはりたいした者なのだ。
by sibanokuni
| 2009-05-23 10:28
| マヨちゃんの陰謀論
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